カリスマ教師の履歴書

file4 蟻生寛郎先生(川崎市立木月小学校)

自分で考えたことは忘れない
仕掛けを作って考えを引き出す

個別作業は一人一人の児童ができるところまで自分で考えることに集中させ、集団での話し合いは互いに意見を出し合いながら学びを深めていくという蟻生先生の授業。「私は“仕掛け”を作って、子供たちの考えを引き出すだけ」と語る蟻生先生に、教職への思いや初任時代のことなどを語っていただきました。


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 文・平野 多美恵

授業は“子供の発言”を中心に組み立てていく

小学5年生を担任する蟻生先生。算数の授業が始まるやいなや、「A とB、大きいのはどちら?」と板書し、子供たちを見渡します。すると間もなく、子供たちから「何を比べるか分からないと解けません!」と声があがりました。

「そうだね、良いところに気づいたね」と褒めながら、蟻生先生は「何を比べるか」とチョークの色を替えて板書します。「今日はこの図形です」。そう言って、蟻生先生が示したのがA 3ほどの紙。「ここにあるA とB の図形のうち、大きいのはどっち?」と言い、カウントダウンをスタート。子供たちの目が、一斉に2つの“錯視図形”が描かれた紙に注がれます。

「A だ!」「いや、B じゃない?」

子供たちの声が収まるのを待って、A とB のどちらが大きいと思うかについて挙手させようとすると、ある児童が質問をしてきました。

「先生、選択肢は3つではだめですか?」
「3つ目は何?」
「大きさは同じだと思います」
「じゃあ、『同じ』って何て言うのかな?」

このように子供から発言を引き出し、それを一つ一つ板書していく形で蟻生先生の授業は進みます。特に今後の授業でも役立つ価値ある発言は、日付と発言者の名前と共に紙に書き、壁に掲示していくため、教室の壁には子供たちの発言がたくさん貼られています。

「分からないことや疑問に思うことがあったら発言するなど、主体的に人の話を聞く態度を身に付けることが学びの土壌になると考えています。この土壌ができると私の出番は減り、子供同士で学びを進めていくことができます。そのため、次につながる発言は小さなつぶやきでも拾って視覚的に残しています」

子供たちの発言を残すことの意味について、蟻生先生はそう語ります。この日の授業でも、発表する子供が「ここまで、大丈夫ですか?」と他の子供たちに確認したり、聞いている児童が「そこは黒板に書いた方がいいんじゃない?」とアドバイスしたりと、子供同士で学び合う場面が多く見られました。

 

諸先輩に鍛えていただいた初任時代

教師をしていた父親の影響で、小学生の頃から教師を目指すようになったという蟻生先生。初任校では憧れの職に就けた喜びで、明けても暮れても授業や子供たちのことばかり考えていたそうです。その結果、夏に高熱を出して入院。1週間ほど休まざるを得なくなったと苦笑いで振り返ります。

初任校当時はベテランの先生から「よく叱っていただいた」と言います。それと同時に、自然教室や運動会主任など全校に関わる大事な仕事も、次々と任せてもらったそうです。

「細かく指示されるのではなく、『あなたならどうやる?』と言われ、任せていただいたのですが、資料をひっくり返して自分なりの案を出しては、『だめ!つまらない』と一蹴される。それを繰り返しました。ただ、3年目に担当した自然教室から戻ってきたとき、厳しい先輩が『よくやった』とボソっと言ってくださって、あのときのうれしさは忘れられません。」

授業力を高めるため、先輩を通じて有志の集まりにも入れてもらいました。着任3年目には、全国大会で提案をさせてもらうまでに至りましたが、資料を作って持って行くと、先輩からは「どこが新しいの? 当たり前のことじゃない」と突っ返されることの繰り返し。何度もやり直すのは労力がかかるものの、自分の成長につながったと蟻生先生は言います。

「当時は、先輩の言葉に素直にうなずけないことが何度もありました。でも、納得できない言葉ほど、後で響いてくる。今も、腑に落ちない言葉ほど大事にしています。」

 

子供が主役になる授業を目指して

蟻生先生が子供の言葉を引き出しながら、授業を進めるようになったのは、10 年目の研修がきっかけだったと言います。指導主事の先生から会うたびに「殻を破れ」と言われ、子供が主役になっていないことに気が付いたそうです。

「映画に例えると、監督=私、脚本=私、主演=私。そんな授業をしていたことに気付きました。」

子供同士が学び合いながら進められる授業にしたいと考えた蟻生先生は、理解が十分ではない子供に焦点を当てて、授業を組み立てるようにしました。子供が個別作業をしている間に様子を見て回り、理解が十分ではない子には「どこまで分かった?」「なんでこれに気付いたの?」と聞くなどして、一人一人の状況を把握します。そして「A くんの考えを取り上げたら、B さんはこう質問してくるだろう」などとその後の流れをイメージし、子供同士のやり取りで化学反応が起きるよう、指名する子供を考えるのだそうです。

「教わった知識はすぐ忘れてしまいますが、自分で考えたものは残ります。私の役目は“仕掛け”を作って、子供の考えを引き出すことです。」

子供の成長を常に考え、日々奮闘する蟻生先生。卒業生と話をすると、指導内容をこんなに深く捉えてくれていたのかと驚く瞬間があるそうです。そうした捉え方をしてくれるのは、日々の教育活動を通じて、子供の中に“吸収する土壌”が出来上がっているからに他なりません。“教え込む”のではなく、一人一人の良いところや考えを汲み取りながら、関係を構築していく。そうした教師としての能力は、大人同士の付き合いからも学べると蟻生先生は言います。最後に、教師を目指す人たちに向けエールを送ってもらいました。

「相手に対して、自分に何ができるのかを常に考えて、“本気”で人と付き合ってください。その経験は教育の現場に入って児童生徒と接するときにも、とても役に立ちます。」

 

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Profile

蟻生寛郎
1975 年1月5 日生

平成9年3月… ……大学卒業
平成9年4月… ……川崎市立大戸小学校に赴任
平成13年4月………川崎市立久地小学校に異動
平成20年4月………川崎市立上丸子小学校に異動。日本プロスポーツ界初の算数ドリルを、川崎フロンターレの依頼で製作(毎年更新中)。
平成26年4月……… 川崎市総合教育センターカリキュラムセンターの算数・数学科長期研究員として勤務。
平成27年4月………川崎市立木月小学校に異動(現職)

趣味・特技
剣道。最近はもっぱら12 歳と8 歳の2人の息子の応援

好きな言葉
「愉しい」

障壁がある中で夢中になって解決しようとする状態が、自分の成長を実感できて「愉しい」

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