ICTが創る新しい学び

区内の全小中学校にタブレット端末を導入 教育活動のあらゆる場面で活用

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荒川区教育委員会

学校教育におけるICT の活用は、 “パソコン”から“タブレット端末”へと広がりつつあります。そうした流れの中、区内の全小中学校で、 “1人1台体制”を目指したタブレット端末の導入に踏み切り、注目を集めているのが荒川区教育委員会です。各学校では、どのくらい活用が進んでいるのでしょうか、実践の様子をレポートします。

 

「21 世紀型スキル」の育成を目指し環境を整備

2014 年9 月、荒川区では区立の小中学校全34 校に、計約9,500 台のタブレット端末を導入。小学校1~2年生は4人に1台、3~6年生は2人に1台、中学生は1人1台の環境を整え、授業や課外活動などで活用しています。

荒川区が教育の情報化事業に本格的に取り組み始めたのは、約10 年前のことです。児童生徒の思考力、問題解決力、コミュニケーション力、ICT 活用力などを「21 世紀型スキル」と位置付け、その育成を目指した環境の整備を段階的に進めてきました。2005年度には教育委員会、全教員、全普通教室をつなぐ「あらかわ教育ネットワーク(Aen)」を敷設。2010 年度には小中学校の全普通教室に電子黒板を導入し、2012年度には全国の自治体で初めてデジタル教科書のネットワーク配信を開始しました。さらに、2013 年9 月には、4校のモデル校に1,200 台のタブレット端末を導入。ここで、活用の効果が確認できたことから、2014 年9月の全校導入に踏み切りました。

導入したタブレット端末は、「Windows8.1 Pro」を搭載した富士通製「ARROWS Tab Q584/H」です。タッチペンによる手書き入力、フリック入力が可能な上に、付属のキーボードを取り付けることもできます。大容量バッテリー、堅牢性、防塵機能、完全防水機能、高性能カメラを備えるなど、教育現場での活用を前提とした仕様となっています。

201508P101_1タブレット端末にはキーボードを取り付けることも可能。タッチペンによる手書き入力機能も備えています。

 

教員主体で授業をデザインする

導入直前の2014 年6~8月、荒川区教育委員会では、指導主事が各校を巡回する形で教職員を対象にした研修会を行いました。研修を主宰した指導室統括指導主事の駒﨑彰一先生は、研修会の意図を次のように語ります。

「授業をデザインするのは、教員の権限であり責任です。この原則は、絶対に守らなければなりません。そのため、教育委員会では『こういう使い方をしてください』『このコンテンツを使ってください』という指導は一切していません。どのように活用するかは、すべて教員の自主性に任せています。研修の狙いは、タブレット端末を使った授業を教員にイメージしてもらい、その効果的な使い方を教員一人ひとりに考えてもらうことです。そのため、初回の研修会ではタブレット端末を使った教育の考え方を説明し、2回目の研修会では私たちが教師役、参加者が児童生徒役という形で、タブレット端末を活用した授業のロールプレイを行い、その効果を体感してもらいました」

201508P101_2全校導入を前に、各校で実施した研修の様子。多くの教員が、タブレット端末活用の具体的なイメージをつかんだと言います。

 

教育委員会が新たな施策を実施する場合、トップダウン方式で行われるケースは少なくありません。しかし、荒川区教育委員会ではタブレット端末の活用法を教員に委ね、教員や児童生徒の自由な発想を生かしながら、利用の促進を図るという手法を選択しました。その一方で、教員がイメージする授業を実現する上で、技術面を中心にサポートする「ICT 支援員」を各校に1名ずつ配置しました。その役割について、指導主事の菅原千保子先生は次のように話します。

「操作支援だけでなく、授業支援ができる人材を集めてICT 支援員を育成しました。ICT 支援員は、区内の全小中学校に常駐し、『こんな授業をしたい』という教員の提案を技術面からサポート・アドバイスしたり、放課後に使用方法についての研修会を開いたりしています」

導入前、一部関係者からは「年配の教員が、使いたがらないのではないか」との意見も上がっていましたが、「それは杞憂だった」と振り返ります。むしろ、指導経験が豊かで授業力の高い教員ほど、ICT 端末を活用する利点を的確に見抜き、効果的に活用しているそうです。「高い授業力を持ったベテラン教員と高い操作スキルを持った若手が互いに話し合い、情報交換をしながら、より良い授業を作り上げている様子も見られます」と菅原先生は話します。

実験・実技でもタブレット端末を利活用

では、実際にタブレット端末はどのような形で活用されているのでしょうか。区内各校では、ほぼ全ての授業が“1人1台”体制でタブレット端末を活用できる環境が整えられていますが、実際の活用は“1人1台”で行われる場合もあれば、複数人が1台を“共有”して行われる場合もあります。

“1 人1台”での活用例としては、ドリル型コンテンツを使った個人学習、動画などを利用した反復学習
などがあります。

「例えば、コンパスの使い方を教える算数の授業で、教員が手元を動画で撮影し、児童のタブレット端末に配信するという活用例があります。以前は、特殊な巨大コンパスを使って黒板に円を描いていましたが、動画を活用すれば、児童は自分と同じコンパスの使い方を目の前のタブレット端末で見られます。また、分からないときは一時停止をして何度でも確認できます」(菅原先生)

1台を複数人が共有する活用例としては、2人1組でタブレット端末を見ながら意見を伝え合ったり、グループで協力しながら課題に取り組んだりといった実践が行われています。ICT の「C」はCommunication」のことですが、タブレット端末の“共有”を通じて、児童生徒同士がディスカッション等を行い、コミュニケーション能力が高まるという効果も得られています。

201508P1031 台のタブレット端末を複数人で共有してのグループ活動。ICT の活用が、コミュニケーションや言語活動の活発化にもつながっています。

 

また、タブレット端末と電子黒板を連動させ、児童生徒が発表する場面も増えたと言います。

「教員用のタブレット端末で、児童生徒一人一人の端末画面を確認することができます。その中から気になる意見を選んで電子黒板に映し出し、その子に発表させるという実践も行われています。発表の機会が増えることで、児童生徒も皆に「分かりやすく伝えよう」と工夫するようになり、プレゼンテーション能力が高まりました」(駒﨑先生)

201508P102電子黒板に映し出された画面を使って、プレゼンテーションをする児童。

 

実験や実技などの授業で便利なのが、タブレット端末の録画機能です。中でも効果を発揮しているのが、保健体育の授業です。

「ハードルを跳び越える際のフォームを生徒同士で撮り合い、チェック・改善するといった活用例も見られます。また、完全防水対応なので、水泳のフォームチェックにも活用されています。周回走でラップタイムを計り、その数値をグラフ化してタイムを比較するなど、トップアスリート顔負けの使い方をしている学校もあります」(駒﨑先生)

各教科の授業だけではなく、校外学習や学校行事においても、タブレット端末は活躍しています。

「小学校の町探検では、児童が気になるものを撮影し、気付いたことを発表するなどの取り組みが行われています。また、文化祭などの展示で、児童生徒が製作工程の様子をタブレット端末を使って来場者に披露しながら作品を解説するという取り組みも行われています。こうして見ても、ICT 機器の活用を通じて、コミュニケーションが活発化している様子が伺えます」(菅原先生)

 

自然に培われてゆく情報モラル

タブレット端末の活用を通じ、児童生徒の間に著作権や肖像権に関する意識や情報モラルが自然と養われてきたと菅原先生は言います。

「自分の顔写真を勝手に撮影されたり、撮った写真に落書きされたりしたら、子供たちも嫌な気持ちになります。『自分がこんなことをされたら嫌だよね。だから他の人にもやってはいけないよね』と、日々の授業で教師が伝えることで、情報モラルが身に付いていきます。また、友達が撮影した画像を自分も使いたい場合、『使ってもいい?』と許可を得るのが自然な流れです。そうした実体験を通じて、画像や文章の無断使用がいけないことなのだと自然と理解できます」

荒川区は、区内の全小学校に学校司書(学校図書館指導員)を配置するなど、学校図書館の充実にも力を注いでいます。蔵書数は、各校約1万冊(文部科学省が定める図書標準の140%)に上り、新聞は主要6紙がすべてそろっています。そうした環境を生かし、ある中学校では生徒が「アナログチーム」と「デジタルチーム」に分かれ、同一のテーマについて調べ物をするという取り組みも行われました。互いが競って調査した後には、アナログメディア(本や新聞)とデジタルメディア(インターネット等)のメリットとデメリットについて話し合ったそうです。

「初めに本で調べ、次に電子百科事典で調べ、その後に子供向けのポータルサイトで調べ、最後にインターネットで調べる。今後は、こうした調べ学習の流れを、段階的に指導するカリキュラムを作っていきたいと考えています。また、発信者が誰なのかをクレジットや奥付などで確認し、情報の“信頼性”を判断した上で活用することの大切さも教えていきたいと考えています」(駒﨑先生)

201508P103_4「アナログチーム」と「デジタルチーム」に分かれての調べ学習。それぞれのメリット・デメリットを洗い出すなどして、リテラシーを高めました。

 

より実践的な情報活用力を育てるため、タブレット端末をあえて子供用にカスタマイズせず、インター
ネットのフィルタリング機能を除けば、一般用のまま活用しているのも特色の一つと言えます。

「教材などのコンテンツのダウンロードも、教員が一人一人に送信するのではなく、児童生徒自身が主体的にダウンロードするようにしています。教員がお膳立てをするのではなく、時に失敗をしながら学んでいくことで、真の活用力が身に付くのだと考えています」(駒﨑先生)

 

ICT 教育とキャリア教育の融合を目指す

全校への導入から約半年が過ぎ、教育現場からは「児童生徒の学習意欲が高まった」「教員が授業に対して高い意識を持ち、授業の本質を考えるようになった」「授業の質が向上した」「教員間の連携、コミュニケーションが進んだ」などの声が上がっているそうです。

端末の稼働率も当初の想定を上回り、無線LAN の回線を増強する必要性も出てきたといいます。今後は、各校の教員が独自の工夫で作成した教材を共有できるようポータルサイトの開設なども視野に入れているそうです。

「分かりやすい授業を行うという第一段階、使いながらリテラシーを醸成するという第二段階を経て、現在はタブレット端末を“普段使い”できるようになりつつあります。児童生徒には、ただ与えられたコンテンツを使うだけではなく、社会に出た時に活用できる真のICT 活用力を養ってほしいと考えています。いわば、ICT 教育とキャリア教育を融合させた教育を進めています」(駒﨑先生)

2014 年10 月、荒川区は総務省が推進する「先導的教育システム実証事業」と文部科学省が推進する「先導的な教育体制構築事業」の実証地域に、福島県新地町、佐賀県と共に選ばれました。今後は学習履歴等のビッグデータから児童生徒の学習カルテを作成し、苦手な分野をドリル型コンテンツや復習用動画などでサポートしたり、教員の指導方法改善に役立てたりといった実践も展開していく予定です。

さらには、「21 世紀型スキル」の育成を促進すべく、インテル株式会社、日本マイクロソフト株式会社、ピアソン・ジャパン株式会社が運営する「21 世紀型スキル育成支援連携」にも参加し、全国の教育機関と情報共有を図っています。

こうしてICT 活用の先進自治体として注目を集める荒川区ですが、決して“デジタル偏重”の教育を行っているわけではありません。駒﨑先生は「大切なのは、デジタルとアナログの融合」だと語ります。

「苦労して読んで、書いて、考える。こうした教育は、今後も間違いなく続いていきます。各教員には、授業の本質を捉えた上で、『これを学ぶならタブレットが効果的』という場面を探り出し、デジタルとアナログの両面から児童生徒の能力を最大限に伸ばしてほしいと考えています」(駒﨑先生)

※ 記事中の肩書は、2015 年3 月時点のものです。

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