教職感動エピソード

Vol.3 「仲間と共に学ぶ」特別支援学級と通常 学級との交流。成長していく生徒たち

新藤 美知子(元公立中学校長)

201508P94
イラスト・佐藤百合子

 

 

私がかつて勤務していた中学校では、校門から校舎沿いに続く100 メートルの花壇に、春はパンジーが、夏にはマリーゴールドが咲きそろいます。毎年、特別支援学級の生徒たちが植え替えてくれるこの花壇は、生徒たちの心の在り様を映すものだと思います。この学校には、生活指導困難校と言われ、花壇の花が引きちぎられ、踏み荒らされた時期がありました。

 

そうした時期に、個別の支援に目を向けた教員たちの熱い努力が始まりました。生徒が徐々に変わり始め、花壇に花が少しずつ咲きそろい始めた年、「仲間と共に学ぶ」生徒の成長を目指して、特別支援学級と通常学級との交流が始まりました。

 

1年目、通常学級の教員が特別支援学級で授業を開始。生徒朝礼の壇上には、学級や委員会の取り組みを発表する特別支援学級の生徒の姿がありました。2年目、自身が目指す進路のために、特別支援学級から通常学級へ転級していった生徒がいました。また、年度末の意見発表会では、これまで支えてくれた母親への感謝を語る特別支援学級の生徒の言葉が、通常学級の生徒たちの心に届き、大きな拍手が起こりました。そして3年目、生徒たちが動き出したのです。

 

春の体育大会。きっかけは、生徒たちが最も燃えるクラス対抗競技の「大ムカデ」でした。これまで特別支援学級の生徒たちは、足は結ばず、最後尾の生徒の肩に手を置いてついて行くだけの参加でした。

 

「これでA 君やB さんは大ムカデに参加していると言えるのか。」「小さなムカデならC 君たちも一緒にリズムを取れるのではないか。」

 

3年生の実行委員が声を挙げたのです。体育大会の実行委員会は、大ムカデから8人の小ムカデを分離し、まず小ムカデがスタートを切って本体の大ムカデにバトンを渡すという新たな競技形式を決定。その日から、小ムカデたちの懸命な練習が続きました。

 

そして本番当日、通常学級、特別支援学級の別なくしっかりと足を結び合い、勝利に向かって走り出しました。大歓声の中、小ムカデから大ムカデにバトンをつないでゆく生徒たちの懸命な姿が、今もスローモーションとなって脳裏をよぎります。競技終了後、繰り返しハイタッチをする生徒たちからは、勝ち負けに関係なく仲間としてやり遂げた喜びが伝わってきました。

 

「生徒たちが変わっていく」。そんな実感に、私たち教員の胸も熱い思いで満たされました。

 

秋の修学旅行。通常学級と特別支援学級の生徒が共に事前学習を積み上げ、当日を迎えました。しかし、集合場所で、緊張と不安から「ここでいいの?」と、周囲に何度も念を押す特別支援学級の生徒たちの姿に胸を衝かれました。京都へ向かう新幹線の中でも、はしゃぐ通常学級の生徒たちの間で、外を見ているA 君、所在なげなB さん、教員に何度も不安げな眼差しを送るC 君。そんな姿を見て、「3日間、班行動に入れていいのか」「特別支援学級の生徒たちに嫌な思いをさせるだけにならないか」と、私の心は揺れました。

 

そんな心の揺らぎから私を引き戻したのは、京都駅に着いてまもなく、突然聞こえてきたA 君の泣き声でした。市内に出発する班員の中で、「行くのは嫌だ」と泣き叫んでいたのです。私は思わず班長に「A君を置いて出発しなさい。私が一緒に回るから」と声を掛けました。ところが班長は「泣きたいなら泣かせておけばいい。どうしても泣きやまなかったら連絡します。」と言って、A 君を連れて行ってしまったのです。

 

20 分後、班長から明るい声で連絡が入りました。

「A 君は泣きやみました。『あのお寺は何って言うの?』って質問もしてくれました。」

 

私はまた一つ、生徒たちの持つしなやかさとたくましさに心洗われ、生徒を信頼しきれずに揺れた自分を恥じました。A君の班が宿舎に戻ってきたのは夕方6時過ぎ。歩き回り疲れ切っていたにもかかわらず「楽しかった?」と聞いた私に、「うん」と大きくうなずいたA 君は、一回り成長したように見えました。

 

あの時のA 君の笑顔と、心配した生徒たちがA 君の班の帰りを拍手で出迎えた光景は、今でも私の忘れられない心の宝物です。後日、A 君の班の班長は、修学旅行の感想文に「最初は不安だったけど、終わってみて1人仲間が入ったことは良い思い出が一つ増えることだと分かりました」と書きました。

 

冬の合唱コンクール。特別支援学級の生徒が教員と一緒に私の所へ来て言いました。

 

「自分たちが合唱するとき、会場の生徒たちが手拍子を打たないようにしてください。ピアノの音が聞こえなくなって上手に歌えません。」

 

前年度から彼らへの冷やかしが一切なくなり、応援の意味から始まった手拍子。これを望ましいことと捉えていた私は、またまた自分の甘さを思い知らされました。特別支援学級の生徒たちは、そんな善意よりも、努力した自分たちの合唱を、まっとうに聴いてほしいと主張したのです。私は朝礼で全校生徒に、「同じように努力している特別支援学級の合唱からも、素晴らしいメッセージ受け止めてほしい。だから今年は手拍子はせず、ただ心と耳を傾けること」と訴えました。

 

迎えた当日、特別支援学級の「COSMOS」の合唱は、物音一つしない会場に響き、聞く生徒たちの心に広がりました。相互に支え合い、思いを分け合うことの意味を生徒たちが肌で感じとった瞬間だったと思います。

 

「一人一人が精一杯歌う合唱に感動した。自分も頑張ろうと心から思った。」

 

多くの生徒たちが、感想にそう書きました。花壇の花は、荒らされることなく咲き続け、生徒たちは卒業していきました。生徒たちがその特性に隔てられることなく、互いに受け入れ合い、心を寄せ合い
ながら起こしていったいくつもの小さな奇跡は、学びとなって彼らの変容と成長につながりました。

 

教員がまっすぐに生徒に向き合い、諦めずに前進する限り、学校には困難に勝る感動や喜びがあります。そして、生徒が変容し、成長していく奇跡に出会えます。そうした日々を共有した教員たちとの連帯も、人生の財産になります。たった1回の人生、教師として働いた40 年間の日々に誇りと感謝を持てる、そのことを心から幸せだと思います。

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