カリスマ教師の履歴書

file3 玉川敏史先生 (さいたま市立植竹中学校)

大人が真剣に怒る姿を見せるそれが教師として大事な仕事

行く先々でバスケットボール部を強豪チームへと成長させてきた玉川敏史先生は、校長先生をして「怒ると怖い」と言わしめます。「とにかく子供と遊ぶことが好き」と言う玉川先生のキャリアについてお話をうかがいました。

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 文・平野 多美恵

家出した生徒、学校を抜け出す生徒を追いかけ続けた新任時代

好きなことをしてお給料をもらっていいのだろうか――初任給を手にしたとき、喜びながらもそう思った
という玉川敏史先生。自身が中学3年生だったとき、ある出来事をきっかけに、それまでの漠然とした教職への思いが決意に変わったと言います。その出来事とは、教育実習生として来ていた先生の突然の死。実習から半年後のことだったそうです。訃報を聞き、「先生の志を俺が継ごう」と決意したと玉川先生は言います。

大学生の頃、母校の与野市(現さいたま市)立与野東中学校に、バスケットボール部の先輩としてよく足を運んでいた玉川先生。その後、顧問の先生が異動したことにより、大学2年生の終わり頃から部の指導を任されるようになりました。指導員のライセンスを取り、本格的に指導を始めると、生徒たちは瞬く間に上達し、2年後には県大会で優勝するまでにチームは成長しました。

玉川先生は、その当時から生徒と触れ合うのが楽しくて仕方がなかったと言います。その後、同校で教育実習を行い、そのまま同校に赴任しました。

「校内暴力の嵐が吹き荒れていた時代でしたから、家出した生徒を探したり、校外で他校の生徒と喧嘩する生徒を止めに入ったりと、これが教師の仕事なのかと思うことも多々ありました。でも、子供と一緒にいることが好きだったので、予想外のこともあまり気にならなかったですね。」

学生の頃から同校のバスケットボール部を指導していたことに加え、若手教員がたくさんいる時代だったこともあり、同年代の先生たちと相談し合うことができたのも良かったと振り返ります。

 

生徒の成長が教師の醍醐味他の仕事では得られない充実感

顧問としてバスケットボール部を率い、県大会の常連チームに育てあげた玉川先生。学年によっては背の高い生徒がいなかったり、身体能力的には劣っていたりすることもありました。そのことが指導の転機になったと玉川先生は言います。

「今年は上を狙うのが難しいだろうと思い、基本練習の繰り返しを徹底したところ、そうした積み重ねによってチームが県大会に進むことができたのです。今までの指導には誤りがあったのかもしれないと思いました。」

玉川先生は、高校の強豪校の先生と情報交換をするとともに、指導方法を見直すことにしました。平日の練習を2日間休みにし、“メリハリ”をつけるようにしたのです。

次に赴任した八王子中学校は、1学年が2~3学級という小規模校で、部活動はあまり盛んではありませんでした。そんなある日の放課後、体育館に行ってみると、バスケットボールをして遊んでいる女子生徒がいました。「バスケやりたい?」と聞いたところ、「強くなりたい」との答えが返ってきたため、2年生5人、3年生3人で練習を始めました。

その後、前任校で交流のあった私立の強豪高校と合同練習をするなどして、チームは徐々に力をつけていきました。すると、翌年は市で1位となり、さらにその翌年には県大会に進出。キャプテンを務めた生徒は卒業後、合同練習をした強豪高校に進み、高校3年次にはインターハイで4位の成績を収めたといいます。

その生徒から「先生に『バスケやりたい?』と聞かれたのが人生のターニングポイントでした」と言われたことが、忘れられないと玉川先生は言います。

「生徒の成長を見られるのが、教師という仕事の醍醐味。日々の成長はもちろんですが、在校中に良い結果を出すことができなかった生徒が、その後に大きく花を咲かせることもあります。55 歳になった今でも試合で負けると悔しくて眠れませんし、卒業式では人目もはばからず泣いてしまいます。こんな経験は、他の仕事ではできないのではないでしょうか。」

 

生徒との会話が至福の時間

バスケットボール部の指導だけでなく、進路指導や生活指導においても、“メリハリ”を大切にしていると話す玉川先生。「怒るときはとことん怒りますが、小さなことでは怒りません。でも、命に関わることや他人を傷つける言動に対しては、烈火のごとく怒ります。」

ある時、教室に貼られていた生徒の写真にいたずら書きがされているのを見つけ、本気で怒ったところ、いたずらをした生徒が泣きながら名乗り出たことがあったそうです。「他人の中傷は絶対に許さないと伝えるには、大人が本気で怒っている姿を見せる必要がある」と玉川先生は言います。

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現在、勤務している植竹中学校は、教師も始業のチャイムを教室で聞き、チャイムが鳴り終わったらすぐに授業を開始するのが決まりになっています。そのため、授業終了後に職員室に戻る時間的余裕はなく、先生は各学年のフロア近くにある「学年室」で次の授業の準備を行い、教室へと向かいます。授業が始まるまでの間、生徒と会話をしたり、ふざけ合ったりする時間が何よりも楽しいと玉川先生は言います。

「授業をするときも、まずは自分自身が楽しくないと授業自体がつまらなくなります。以前、ある生徒から『数学は苦手だけど、数学の授業は好きだった』と言われたのは嬉しかったですね。」

日々、生徒たちに慕われ、学校にとって欠かせない存在となっている玉川先生。最後に、教員を目指す大学生に、エールを送っていただきました。

「現在、教師が直面する課題はたくさんあります。着任すれば、理想と違う現実にも直面するでしょう。でも、嬉しいこと、楽しいこともたくさんあります。子供が好きならば、『自分はこうなりたい、こうしたい』という信念を持って、チャレンジしてほしいと思います。」


201508P97Profile

玉川敏史
1960 年2月25 日生

昭和58年3月……… 大学卒業
昭和58年4月……… 埼玉県与野市立与野東中学校(現さいたま市立与野東中学校)に赴任
平成7年4月… …… 埼玉県与野市立八王子中学校(現さいたま市立八王子中学校)に異動
平成15年4月………さいたま市立田島中学校に異動
平成21年4月……… さいたま市立植竹中学校に異動(現職)
平成26年… …………「 文部科学大臣優秀教職員」として表彰

趣味・特技
ギター、模型づくり

好きな言葉
ウルトラマンは神ではない。助けられない命もあれば、届かない思いもある。でもあきらめず戦う。それが不可能を可能にする(ウルトラマンの映画より)

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