教師の本棚 | 最新号の内容 | おすすめ書籍

おすすめ書籍紹介〜今月のテーマ「シャーっと気合いを入れたいとき」

遠江 久美子(町田市立鶴川第二中学校主任教諭)

ハマる凄さ

『神去(かむさり)なあなあ日常』
三浦しをん=著/2012年/徳間文庫/¥619+税

高校を卒業したら適当にフリーターで生きて行こうかなあ、と呑気に考えていた主人公の勇気は、心配した担任の先生や母親からほぼ強制的に神去(かむさり)村に放り込まれる。神去村は、少子高齢化が進む過疎の村。おっとりした人柄の人が多く、「なあなあ」が口癖の人達だ。「なあなあ」とは「ゆっくり行こう」の意。勇気も最初は神去の人たちから遠巻きに見られ、馴染むのに苦労するが、少しずつ皆と親しくなっていく。次第に勇気は林業の魅力に取りつかれ、実家に帰っても山のことを思う始末。本書は林業に夢中になる勇気を通して、読んでいる自分が「何かしたい!」と気持ちが高ぶる1冊だ。
本書の最後のページを閉じたとき、新採3年目の私が生徒と挑んだ文化祭でのクラス劇の一場面がパァーと広がる。劇の主役に立候補したSさんは大人しく、ほとんど大きな声でしゃべらない生徒だった。「できるのか? やらせていいのか?」と不安と焦りがよぎったが、生徒同士の沢山の言い合いと喧嘩の果てに、彼女は気付くと本物の主役になっていた。「ハマるって凄い。生徒って凄い。」このときの興奮と喜びは何年経っても忘れられない。彼女は「自分を変えたかった」とソッと教えてくれた。私は「最高!」と言いながら勇敢な彼女とハイタッチしていた。本番の幕が閉まった舞台で生徒とこぶしを振り上げ「ヨッシャー」と叫んだ気持ちは、一生鮮やかなままだ。本書もこんな気持ちにさせてくれることを約束する。

教師のスイッチ

『青空と逃げる』
辻村深月=著/2018年/中央公論新社/¥1600+税

舞台役者の父親が関わった交通事故がきっかけで有名な女性芸能人が自殺してしまう。世間は父と女性芸能人が不倫関係にあり、死んだ理由も不倫にあるのではないかと騒ぎ立てる。いくつもの憶測が飛び交う中で父は失踪し、そのことでマスコミや自殺した女性芸能人の事務所から執拗に嫌がらせを受けるようになる。本書の主人公・力と母・早苗は一時的に家を離れ、東京から四万十、家島、別府とさまざまな場所への逃亡を余儀なくされるが、行く先々で多くの人と出会い、別れ、助けられていくことで母子共に心の成長を遂げていく。読後の余韻が実に爽やかで気持ちよく、タイトルの「青空」が何を指しているのかを謎解きながら読むと、さらにワクワクする。
教師をしていると、さまざまな母子に出会う。本書を読んで、数年前に担当したY君親子を思い出した。家出を繰り返す中1のY君。理由は、いくら聞いても話してくれなかった。母親とじっくり話すと、何を注意しても改善の兆しもなく口をきこうともしない息子を気が付くとたたき棒で叩いていたと告白された。母親は保育士でありながら、「わが子への接し方が分からない。もし叩くことを止めたら私と息子を繋ぐものが何もなくなってしまう」と。母親とは暴力禁止を約束し、Y君とは家出禁止を約束した。数カ月後、久しぶりに家族みんなで海に出かけたと、貝や石を瓶に詰めてお土産に持って来てくれた。はにかんだ彼の顔の隣に優しく微笑んでいる母親の顔が見えた気がした。まるで足湯につかった足元から温かさがじわじわ沁みてくるようだ。その気持ちと共に教師の仕事の一つに「複雑な親子関係の理解」が絶対必須と考えると背筋が伸び、気合いが入る。

教セミちゃんねる 教員養成セミナーのご紹介 教セミLine@ 教員採用試験対策サイトへ

最新号のご紹介