最新号の内容 | 教師のそのアクション イイ?ダメ?どっち!?

教師のそのアクション イイ?ダメ?どっち!? 〜給食の個別対応はどこまで?

教壇に立つ弁護士・神内聡が一刀両断!
教師であり弁護士でもある神内聡先生が、教師がやりがちなアクションを法規に基づいて解説します。

教師のそのアクション
イイ?ダメ?どっち!?

著・監修 神内聡
弁護士・高校教員。教育法を専門とする弁護士活動と東京都の私立学校で高校教師を兼業する「スクールロイヤー」活動を行っている。担当科目は社会科。著作に『学校内弁護士 学校現場のための教育紛争対策ガイドブック』(日本加除出版)など。

設例6 給食の個別対応はどこまで?

「宗教の関係で食べられない物があるので、特別の給食を提供してほしい」と保護者に言われました。学校として、どこまで対応すべきなのでしょうか?

1 公教育の宗教的中立性から考える必要も

給食は学校給食法に規定される事業です。学習指導要領では特別活動として位置付けられ、原則として学級担任が指導すると記載されていることから、学級活動の一つ、学校教育の一環と解されています。
学校教育の一環である以上、学校は子供のニーズに応じた給食対応をできる限り行う必要があることになります。例えば、アレルギーを持つ子供への給食提供は、文部科学省が監修して策定した「学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン」により運用されている、安全性を最優先にした給食提供が求められていますが、同時に過度に複雑な対応は行わないことも規定されています。
しかし、設問のような宗教上の理由に基づく子供のニーズに応じた給食対応は、アレルギーを持つ子供の給食対応と異なり、公教育の宗教的中立性(憲法第20条第3項・教育基本法第15条)に反しないかも問題になります。この点で、信仰上の理由により剣道の履修を拒否した生徒を退学処分にした公立高等専門学校の事案において、当該生徒に代替措置を講じることは、「目的が宗教的意義を有し、特定の宗教を援助、助長、促進する効果を有する」とは言えないとして、公教育における宗教的中立性に反しないと判断し、代替措置を講じず退学処分にした学校の対応を違法と判断した最高裁判決(最判平成8年3月8日)に照らせば、宗教上の理由により特定の給食献立が食べられない子供への代替措置として信仰に応じた特別の給食を提供することも、「目的が宗教的意義を有し、特定の宗教を援助、助長、促進する効果を有する」とは評価しづらく、公教育の宗教的中立性に反しないと考えられます。したがって、設問のような保護者の要求に対し、学校はアレルギーを持つ子供の給食対応と同様の対応をすべきであると考えられます。

 

2 給食は学校教育の一環?

以下は私見ですが、そもそも給食は本当に学校教育の一環なのでしょうか。現状の給食指導の大半は、栄養学など食育に関する専門性を持たない学級担任が行っており、「食育」という観点からの教育的効果には疑問の余地があります。また、学級担任にとって、給食指導をしなければならない昼食時間は休憩時間として扱われないことから、労働基準法に反するおそれもあります。つまり、給食を学校教育の一環と理解しながらも、実情は「食育」を実践する教育活動として十分機能しておらず、学級担任に過重な負担を課していると言えるのではないでしょうか。
また、給食は前述の最高裁判決で争われた剣道の履修と異なり、退学処分などに影響する教育活動ではありません。昼食時間は子供にとっても教員にとっても自由な時間であるべきです(欧米では昼食時間に一時帰宅する子供も存在します)。このように考えると、日本の学校給食制度は子供や教員の昼食時間を過度に統制している側面があります。
学校給食制度は子供の健康面を支えるだけでなく、福祉的な側面を持つ制度であり、今日においても貧困家庭やネグレクトに遭う子供の救済としての存在意義は非常に重要です。しかし、給食を学校教育の一環として理解するのであれば、「食育」の教育的効果を高めることは必要不可欠であり、教育行政は人材不足や財政的な理由に甘んじて学級担任に給食指導を任せるのではなく、専門知識を持った人材の確保と予算の拡充をすべきです。その上で、設問のような子供たちの個別のニーズへの対応については、教員に過重な負担を押し付けることなく学校や地域の実情に応じ、弁当の持参で対応するなど柔軟な仕組みを構築していくべきであると考えます。

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