日本語コラム『モノは言いよう』

梶原しげるの日本語コラム『モノは言いよう』・第10回 「見た目で伝える」言いよう

梶原しげる
1950年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一法学部卒業後、文化放送に入社。アナウンサーとして活躍し、1992年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。日本語検定審議委員。著書に『不適切な日本語』『口のきき方』『すべらない敬語』『即答するバカ』(いずれも新潮新書)など多数。

無名時代のショーン・コネリーの話

今年1月にNHK・BSプレミアムで放映された「007ジェームズ・ボンド誕生の真実」(アナザーストーリー 人生の分岐点)を見て「これ、先生が、使える!」と強く感じました。
1962年に第1作が公開され、来年25作目が見られそうだという超ロングシリーズの「スパイアクション映画」、その主人公の名前がジェームス・ボンドです。国際的な謀略事件を舞台に、身体を張って戦う「マッチョ」な主人公ですが、実は貴族出身で、普段は高級カジノやリゾートで美酒・美食・美女と優雅に戯れるという「メリハリ」がファンにはたまりません。初代ボンドを演じたのが、当時無名のショーン・コネリー。
「よし、たくましいこの身体はボンドのイメージにピッタリだ!」
撮影当初、監督は自信を持っていたそうです。ところが程なく、彼に「決定的に足りないもの」に気がついて、呆然としたようなのです。
「しまった…」
ボンド役には「悪に敢然と立ち向かい叩きのめす肉体」と同時に「上流階級の、ダンディーな立ち居振る舞い」が必須でした。
聞けばその若者は、当時の「労働者階級」の出身で、義務教育を終えるとすぐに牛乳配達、その後はもっぱら肉体労働で食いつなぐ暮らしぶりです。「上流階級が持つ風格」が決定的に欠けていたのでした。

 

「服」から自分を変えた!

その頃の英国は完璧な階級社会。決して裕福ではない労働者の家庭で生まれ育った彼は、「上流階級のユニフォーム」であるタキシードどころか、スーツさえ着たことがなかったというのです。
「彼が高級スーツを着てごく自然に振る舞えるまでは、カメラの前に立たせられない」
思案のあげく、監督は、超高級シャツ、スーツを何十セットも彼に買い与えました。そしてそれらのシャツやスーツを、撮影が始まるまで、起きている間はもちろん、寝るときも「24時間ずーっと着続けること」を命じたそうです。
「高級仕立てのスーツをごく自然に着こなせる男」こそ、監督がイメージする「英国上流階級のジェントルマン」だったのでしょう。
「立ち居振る舞いを、いちいち細かく教えるより、スーツ姿が、さまになりさえすれば、想定する『理想のジェームズ・ボンド』が見えてくる」
監督の目論見は見事的中しました。最初は戸惑った彼が、やがて肌がシャツに馴染み、身体の線がスーツに心地よくフィットし始め、やがて、高級シャツ・スーツをまるで「ジャージ」か「パジャマ」のように「自然な存在」と認識し始めました。着倒し、すっかり自分の身体の一部のような感覚を持ち始める頃には、それに相応しい立ち居振る舞いが板に付いてきました。
それにつれ、話しぶりまで「堂々とした英国紳士然とした佇まいになった」らしいのです(注・番組を見た梶原の感想です)。
映画が空前のヒットを記録したのはもちろん「主人公が007に相応しいスーツの着こなしを手に入れたから」だけではありません。彼の才能、原作、監督、音楽など秀逸な技が結集した結果であることは言うまでもありません。
とは言え、このテレビ番組が描いた「主人公が役割に相応しい服装を着こなす大切さ」は「教師を目指す皆様」にとっても「意外に大事だ!」というのが私の感想でした。

 

教師もやはり「服」は大事

カメラを前にした役者も、子どもを前にした教師も、その場を取り仕切る「主人公」としての役割を果たす義務があります。その前提として「先生への信頼」は必須条件です。信頼は日頃の生徒達との接し方、教え方にあるのはもちろんですが、意外に先生の「見た目」が「信頼」に関わる場合があります。
ボンド役じゃないんですから、高級スーツに身を固めろなどと言うわけではもちろんありません。
「生徒が違和感を持たない程度に、シックリ着こなせる服装」で教壇に立って欲しいのです。私の恩師、カウンセリング心理学の泰斗、國分康孝先生はしばしばおっしゃっていました。
「教師というのは、教え子が依存できる存在でないといけない。依存と言ったって、甘えたり、頼り切ったりということじゃない。いざというとき頼りになる存在という意味だ。そういう依存されるに相応しい仕草態度を含め、服装への配慮も必要だ。見た目は馬鹿にできないぞ」
「見た目より中身だ!」
そうおっしゃる気持ちも分かりますが、両方大事だということです。
特に子どもたちは先生の「見た目」や「服装」には思った以上の関心を寄せています。SNSで先生のその日の装いをネタにすることも少なくないと聞きます。「いつもおきまりのジャージ」とか、常に同じスーツ、しわの付いたジャケット、狙いの分からない派手なシャツ(笑わせるという意図があれば別だが)、季節感を無視した素材や色目の無頓着な着用…。子どもたちは意外にチェックしているものです。
顔や姿形は変えることは困難ですが、着るモノや立ち居振る舞いは割と簡単に変えることが出来ます。そしてその「一工夫」が、印象形成に大いに力を発揮するものです。

 

服のセンスに自信がない人は「まね」る!

とは言うものの、「服なんて興味ないし」という人もいるのは事実。そんな人は、「まね」をすることから始めてみたらどうでしょうか。授業センスも服装のセンスもナイスな「憧れのあの先生」が見つかったら、まねしてみるというのは恥ずかしいことではありません。
ネットショッピング全盛のご時世ですが、たまには街に出て、自分と好みが合いそうな人をそっと「観察」するのもよいでしょう。自分に合いそうな服を見つけたら、どんどん試着して、店員さんのコンサル(無料)を受け、「見た目の存在感」をブラッシュアップしていきましょう。
教員採用試験にめでたく合格したあかつきには、「着慣れないスーツ」を徹底的に着こなす練習をしたショーン・コネリーを思い出してみてくださいね。

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