日本語コラム『モノは言いよう』

梶原しげるの日本語コラム『モノは言いよう』・第8回 注意すべき漢字の「読み」の言いよう

梶原しげる
1950年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一法学部卒業後、文化放送に入社。アナウンサーとして活躍し、1992年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。日本語検定審議委員。著書に『不適切な日本語』『口のきき方』『すべらない敬語』『即答するバカ』(いずれも新潮新書)など多数。

×「ねんぼう」→○「ねんぽう」

教員を目指す皆さんは今後「これは×、これが○」と、教室で児童生徒に「正誤を問うケース」があることでしょう。あるいは現在ご自身もしばしば「正誤問題」で苦しんでいるかも知れません。
ただし、実際の生活では「正解」「不正解」と決めつけられない「ファジーなケース」がたくさんあります。生徒指導でも「ほめるか?叱るか?」はケースバイケース。2つを上手に使い分けたり、ミックスしたりと場面に応じてバランスを取る必要が出てきます。世の中の出来事はむしろ単純に「○か× か」と決められないことの方が多いかも知れませんね。
国語の「言葉の読み」や「表現」についても同じことが言えます。
「年俸」を本来「ねんぽう」と読むところ、「ねんぼう」と言うケースなどは「誤読!」と一刀両断にできる珍しいほど「教えやすい言葉」です。「年俸」とは1年分の俸給であり、俸とは、古くから今日に到るまで「給料、手当」を意味する言葉ですものね。
一方、「棒」は言うまでもなく「担いだり、叩いたり振り回したりする棒」であり、給料、報酬の意味は一切ありません。「ねんぽう」というと「野球選手の契約更改」で耳にするケースが多く、バットという棒で稼ぐ収入、というイメージから「年俸」を「年棒」と勘違いした「単純ミス」は、即座に「アウト!」。どの辞書を見ても、例外なく年俸の「ぽ」を「ぼ」と読むのは「誤り」と断定しています。

 

どちらも○の読み方をする漢字

ところがこれとは違い「どちらとも読む」という漢字が思った以上に多い事をあらためて知った新人先生は愕然とするはずです。
「どちらが正しいか?」という形式の「単純○× テスト」は意外にも「作りにくい」のです。
例えば「世間一般の意見」を意味する「世論」は「せろん」とも「よろん」とも言います。「奥義」は「おうぎ」という人もいれば「おくぎ」という人もいて、両方正解です。
「風の吹いてくる方向」を意味する「風向き」は「かぜむき」「かざむき」、「届け出」は「とどけいで」「とどけで」、「年中行事」も「ねんちゅう・ねんじゅう」両方、同じ場面で、同じ意味を表す言葉として同じぐらい使われます。「家主」は「やぬし・いえぬし」、「活魚」が「かつぎょ」「いけうお」、「初孫」は「はつまご」「ういまご」「初産」は「はつざん」「ういざん」両方が、一般にはごく普通に使われますが、医学用語では「しょざん」と言います。なんだかややこしいですね。

 

「専門家読み」をする漢字もある

これに似た「一般的な読み方」とは別に「専門家読み」があるケースでは、「どちらが正しい?」と問うことが難しくなってきます。
「馬主」を「うまぬし」と書いた生徒の解答に「×」を付けると問題になりそうです(ただし「馬主」という言葉をテストで出すことも問題ありなので、注意してくださいね)。JRAを始め「競馬関係者」「競馬ファン」のあいだでは「ばぬし」ではなく「うまぬし」と呼ぶのが普通です。こんなケース、意外に多いものです。
「遺言」を、我々は「ゆいごん」と言いますが法律関係者は「いごん」と言います。「施工」も建築関係者、法律関係者は「せこう」ですが、一般には「しこう」も広く使われます。

 

読み方は常に変化している

業界によって読み方が違うのも厄介ですが、時代の変化により「形勢が逆転するケース」もあったりするから油断が出来ません。
NHKアクセント辞典は「分泌」について「ぶんぴ」を「第一読み(優先的に使うことを推奨)」としていたものを、今回の改訂で「ぶんぴつ」に、「依存」も「いそん」から「いぞん」を第一読みへと、現状に合わせて変えています。
「地熱」「不治」「私小説」なども辞書を引くと「元来は、古くは」との注がついて「じねつ」「ふじ」「わたくししょうせつ」が記されていますが、「ちねつ」「ふち」「ししょうせつ」を「一推し」とするものもあり、要するに「どっちも正解」とせざるを得ません。
日本語は思った以上に「変化」し続けています。その例の一つが「独壇場」。かつてTVのクイズ番組で「どくだんじょう」と答えると「残念!正解は、どくせんじょう!」と告げられガックリした出場者を見ましたが、今では「どっちも正解」が主流です(「だん」→「壇」と「せん」→「擅」の漢字の一部がわずかに違うが、今はそれを問わない傾向)。
言葉の「正しい」とか「間違い」とかというのも「絶対的」ではなく「より多くの人が支持するものへの変化」が顕著です。

 

ヒット曲が漢字の「読み」を変える!?

ここから先は、学問的な裏付けとは別に、梶原的「テキトー解釈」を交え進めます。「教育実習」の時に披露する「ネタ」にしようか、ぐらいの気分でお読み下さい。
「白夜」にも2つの読み方があり、試験では両方を○とせざるを得ません。一つは「はくや」、もう一つは「びゃくや」。
1960年代初頭は「本来の読み方」である「はくや」が優勢だったようです。ところがこれを「びゃくや」の「圧倒的な優勢」へと導いたのが、森繁久弥さんが1960年作詞作曲して歌い爆発的なヒットとなった「知床旅情」だった、と言われています。
この曲は加藤登紀子さんも歌い国民的な名曲として歌い継がれることになりました。ポイントは「♪知床の岬に〜びゃくやはあける♪」と「白夜」を「はくや」ではなく「びゃくや」と歌ったことです。この歌が日本中で歌われた結果「白夜」の読みは「『びゃくや』で決まり!」となりました。
ヒット曲が言葉の読みを変えた?と見られるケースもその後いくつもありました。花街には「かがい」「はなまち」両方の読みがあります。1973年、金田たつえさんが「花街の母」をヒットさせました。ここでは花街は「はなまち」と歌われたのです。15年掛けて250万枚の大ヒットとなった曲が、花街の読みに影響を与えなかった訳がありません。
加えて「元祖イケメン演歌歌手」三善英史さんの「円山花町(まるやまはなまち)母の町」でも「はなまち」と言うキーワードが日本国中に響き渡り、「花街」=「はなまち」を定着させる上で大きく貢献しました。
「家並み」も「やなみ」「いえなみ」と2つの読みがあります。今は、サッカー評論でもおなじみ、歌手の小柳ルミ子さんの1971年のデビュー曲「私の城下町」がいきなりの大ヒットとなりました。その2番の歌詞、出だしがこれでした。
「♪家並みが途切れたら〜」そう、彼女は家並みを「いえなみ」と歌ったことで、両方同じように使われていた言葉が、「いえなみ」の「圧倒的優勢」で「勝負あった!」となったという、これまた、あくまでも私見ですが。
な〜んて「与太話」が「楽しい教育実習」につながったらよいですね。

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