最新号の内容 | 日本語コラム『モノは言いよう』

梶原しげるの日本語コラム『モノは言いよう』・第7回 声で聞かせる言いよう

梶原しげる
1950年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一法学部卒業後、文化放送に入社。アナウンサーとして活躍し、1992年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。日本語検定審議委員。著書に『不適切な日本語』『口のきき方』『すべらない敬語』『即答するバカ』(いずれも新潮新書)など多数。

教師は「声」が命

「早く教壇に立ちたいなあ!!」
はやる気持ちで「合格後」のことに思いを馳せ、机に向かって勉強に励んでいることでしょう。勉強漬けの日々を送っていると、ろくに会話もせずに一日が終わることもあります。
しかし、それじゃマズイと私は言いたい。なぜなら、教師を目指す皆さんは、近い将来、教育実習や面接などで、「どんな声で、どのように生徒に話すか」という「声の問題」を問われることになるからです。
人前に立ち、声で、意図するところを伝える仕事といえば、アナウンサー、役者さんがイメージされるかも知れませんが、 教室や職員室、さまざまな場面で、子供から年長者まで、声を自在に操って真意を伝える機会の多い教師もまた「声を使うお仕事」の「代表選手」というわけです。

 

声を出す「スキル」は磨ける

しかし、教師志望の方にも、声を出すのが苦手と悩む人はいることでしょう。でも、大丈夫。「スキル」は「技」ですから、真面目に訓練すれば、誰でも習得可能です。
ボイトレの専門家でもない私ですが、「鬼ボイトレコーチ役」で某テレビ番組に出演したことがあります。20年以上前のこと、当時「素人さんを○○のプロにしよう」という企画のテレビ番組が放映されていました。
私の役目は「口べたな主婦を1 週間でプロのラジオDJに育て上げる」でした。応募者多数の中からテレビ局が選んだ主婦は、驚くほどか細い声で話す、ひどく控えめな40代の女性。付き添いのご主人が社交的で明るいのと「好対照」です。
「DJというイメージから一番遠い人を選びました。だってこういう人が見違えるほど達者なDJに大変貌!って方がドラマチックでしょ?」とプロデューサー。今も昔も、テレビ局は無茶なことが大好きなのです。
とは言え、声量のなさに加え、「あいうえお」の、母音の明瞭度も極めて低く、「さしすせそ」「たちつてと」「らりるれろ」など子音も聞き分けにくいレベルです。
局アナ時代、先輩から発声、発音をしごかれたり、逆に後輩達を指導したりするということはありましたが「ずぶの素人さん」に「イロハ」からお教えする経験はゼロでした。
「参ったなあ…」
新人時代の教則本や「先輩の教え」を思い出しつつ「まずは大きな声が出るように」と始めることとしました。
「マイクがあれば、声量なんてどうにでも出来るじゃないか」
そうお思いかも知れませんが、機械の力で音量を上げても、言葉の「力強さ」を伝えることはできないのです。
「急がば回れ」と彼女の「地声つくり」からスタートしました。付き添いのご主人の許可も得て、私が奥さまのお腹に手を添えながらの実技指導です。
「お腹を大きく膨らまし、息を、吸って!極限まで!!今度はお腹をヘコませながらゆっくり時間を掛けて鼻から出して、出し切って……」
横隔膜を上下させる「腹式呼吸」を、延々行いました。気が付けばカメラマンが淡々と撮影しています。我々3人はこれが「番組である」ということさえ忘れて訓練に没頭していました。

 

「自分の本当の声」を発見する

そうこうしているうちに、およそ半日が経過。さすがの奥さまも、嫌気がさして、「あ〜あ」とそれまで聞いたことのない野太い声でため息をついたのです。当人も私もびっくり!
「それ! それですよ! 今の声、力強くて最高です。のどから、胸、下腹あたりまで、声の振動がびりびりっと伝わったんじゃないですか?」
実はこれこそが、奥さまが「自分の本当の声」を発見した瞬間だったのです。
あるアナウンサーの先輩はこの「自分の本当の声」のことを「基準音」と言っていました。
「基準音は自分が一番楽に出せる声。聞かされる側にしても一番自然に聞ける声。基準音を中心にそれを上下させることで、声に表情を付ける。音声表現の基本だ」
「人にものを伝えるための声」は訓練で手に入れることが出来るのです!
「腹式呼吸でしゃべれというが、そうすることで、自分の身体を拡声器化出来る。大きな声はもちろん、小さな声もしっかり響く。しゃべりのプロが使う技だ」

 

声を出すと楽しくなる

「これが、私の声?」と奥さま。ここから声量は劇的に増し、声の表情が豊かになりました。音声さんがテープを巻き戻し何度も本人に聞かせ、その様子もカメラさんが収める。彼女の顔も一気に明るくなったのが分かりました。声に自信がつくと顔つきも変わってくることを初めて知りました。
その後は滑舌訓練の日々。普段大きく口をあけた体験がない奥さまにはちょっと酷でしたが、これも撮影を意識して「あえいうえおあお」という母音訓練を、顔中の筋肉を総動員するよう、普通以上に思い切りやってもらいました。
以下、舌や歯、歯茎、唇など口の中まで意識しながら母音に加え(カ行〜ラ行)まで、子音訓練も徹底。この頃になると奥さまは「声を出すのが、恥ずかしい」から「楽しい」へと変わっていきました。

 

声を出せば未来も変わる!

「ラストシーン、収録いけそうですか?」
ロケの途中は、AD君にカメラを持たせ、私とご夫妻に任せきりだったプロデューサーが久々現場に顔を出しました。
「いけると思います!」と私。収録は、ラジオ局のDJブース風セットで奥さまが「DJなりきり」でマイクに向かい流ちょうにパワフルに語りかけるシーンです。
元々「文学少女」の奥さまは、話す内容はいろんなタイプを用意していて、その中から「ダイナミックにロックンロールを紹介するコメント」を選択。「迫力のパフォーマンス」を堂々とやりきってしまいました。
ディレクター「ゲー!スゴイ変わりようだ!」
梶原「でしょう?」
ご主人は涙ぐんでいました。
「がんばったね……」
奥さま「イエ〜〜〜イ!!」
その後「人前で口がきけない」とご主人が心配するほどだった奥さまは、何と地元のFMラジオ局で自分の番組を持つまでになり、今も地域の人々に長く愛されています。
「声やしゃべり」を鍛えると、人は表情も見違えるばかりか、新たな可能性も拓けるんですね。声のトレーニングで、合格へ一歩近づけます。受験生にもおススメします。

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