教職感動エピソード

Vol.2 不登校の経験を経て中学校生徒会長へ S君の成長

橋本 由愛子(東京教育研究所主任研究員、武蔵野大学教育学部講師)

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イラスト・佐藤百合子

3月中旬のある日、受付にいた主事さんから「校長先生、4 月に入学予定の生徒のお母さんが訪ねて来ています」と、連絡が入りました。上品なお母さんとの出会いの日でした。

 

校長室に入って来たお母さんは、表情は暗く疲れた顔をし、髪の毛は真っ白で、その外見は一瞬80 代の高齢者かと思うほどでした。挨拶が終わった後、倒れ込むように椅子に腰を下ろし、お母さんは語り始めました。

 

「校長先生、息子のS は小学校に入学後、4 カ月ほど学校に通いましたが、その後は5年半以上、通っていません。そして、中学校に入学するこの時期を迎えました。息子はたぶん、名前だけの入学になると思います。3年後の卒業式に出席することも、無理かもしれません。それでも、在籍者の1名として受け入れていただけますでしょうか…。」

 

白髪のお母さんは、涙を浮かべながら、わが子への苦しい胸の内を語りました。私は、「お母さん、子供は確実に成長していきます。成長していく場は学校だけではありません。小学校で通学できなかったと伺いましたが、中学校で同じような生活をするかどうかは分かりません。S 君を信じましょう。必ず一人で立ち上がるエネルギーが出てくると思いますよ。」

 

一瞬、お母さんの顔色が変わりました。入学を断られるとでも思っていたのでしょうか。4 月の入学式、S 君の元気な姿が見られました。お母さんは、保護者席の一番前に心配そうな顔をして座っていました。

 

その日から毎日、S 君は元気に学校へ通い、私は学級の友人と仲良く話をする彼本来の姿を目にしていました。5月のある日、1年生の遠足がありました。潮干狩りです。私は、S 君の様子を遠くで眺めていました。S 君の網は、すぐにアサリで一杯になりました。するとS 君は、思うように捕れない友人のそばに行って、自分の貝を半分以上分けてあげました。自分の貝がなくなっても、また捕って周りの人に分けてあげていました。

 

「なんて気遣いのできる優しい子なんだろう」と私は感心しました。学校内でのS 君は、よく挨拶をする生徒でした。1学期は、欠席することもなく学校生活を楽しんでいる様子で、各教科の授業や学校行事にも積極的に参加していました。小学校当時の生活が、「なぜ?」と疑問でした。

 

1年生の秋、生徒会の役員選挙がありました。S 君は自ら書記に立候補して当選。2年生の秋には生徒会長になり、その後は目が覚めるような活躍ぶりです。学校には、特別支援学級が併設されていましたが、S 君は通常学級と特別支援学級との積極的な交流を推進し、自ら特別支援学級の生徒たちと関わりをもち、何で困っているのかを把握し、生徒総会に提案していきました。S 君の行動が、学級から学年へ、そして、学校全体へと大きな渦を巻き起こし、優しさ一杯の学校に変化する契機となったのです。

 

先日、S 君と同学年の卒業生の保護者たちとの懇談会に出席しました。S 君のことが話題になり、保育園から中学校まで一緒だった子供のお母さんが、S 君の小・中学校での様子を語っていたのですが、中学校当時の活躍ぶりには驚くと同時に、S 君の本来の姿が見られて嬉しかったとおっしゃっていました。中学生になって人と関わる勇気とエネルギーが出てきたこと、自分らしく伸び伸びと生活できたこと、多くの友人ができたことなどが、S 君に変化をもたらしたのでしょう。

 

中学校卒業後のS 君は高等学校に進学し、高校を卒業後は、パティシエになる夢を実現させるため、専門学校に進学。そして、フランスに留学し、現在は洋菓子店に勤務しています。2 年前、S 君のお母さんが私の勤務先まで訪ねてきました。髪の毛はごま塩以上の黒さになり、表情は見違える
ように明るくなっていました。

 

「先生、小学校5年間の苦労が嘘のようです。S は目標に向かって自らの人生を歩んでいます。フランスに留学したときの目の輝きが忘れられません。そして、今の生活も…。先生、これはS がお店で焼いたクッキーです。S はまだ店頭に出すものは作れません。でも、見てください。この包装は、S が真心込めてしたものです。先生に見てほしい。先生に食べてほしい…って言っていました。」

 

嬉しかった。私は、お母さんと抱き合ってしまいました。

 

「お母さん、よく頑張りましたね。S 君は、家族に温かく支えられてきたから、立ち上がることができた
のです。ここまで、お母さんがじっと耐え、支えて、子供の心に寄り添うことができたから、S 君の今があるのです。幸せですね。」

 

お母さんは、S 君が中学校を卒業したときからずっと、S 君の様子をお便りで知らせてくださっていました。

 

私が教職についてから、47 年の歳月が流れました。この間、多くの子供たち、保護者の方々、地域の方々との出会いがありました。子供たちの成長を共に願ってきた多くの教職員がいます。共に泣いたり、笑ったり、語り合ったり、意見交換をしたり、苦しかった時期には、支え合ったりした仲間たちです。そのようなつながりを通して、私は一歩一歩成長させていただきました。心から感謝の日々です。

 

現在は、長い間の教職生活を生かすように、教育研究所と大学に勤務し、将来を担う学生の育成に励んでいます。これからも、「感謝」の気持ちを忘れずに過ごしていきたいと思っています。

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