最新号の内容 | 日本語コラム『モノは言いよう』

梶原しげるの日本語コラム『モノは言いよう』・第3回 話しの最初で人の心をつかむ言いよう

梶原しげる
1950年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一法学部卒業後、文化放送に入社。アナウンサーとして活躍し、1992年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。日本語検定審議委員。著書に『不適切な日本語』『口のきき方』『すべらない敬語』『即答するバカ』(いずれも新潮新書)など多数。

話を始めるときに「マクラ」を使う

突然ですが、あなたは人に話しかけるときに「マクラ」を使ってますか?
「人前で寝そべって話をするわけないじゃん」と思ったあなた、怒らないでくださいね。ニヤッと笑ったあなた、なかなかツウですね。
「マクラ」とは、落語家が、落語を話す前にする漫談・雑談のこと。落語家が寄席の高座に上がった直後、たいていの観客は隣の人とペチャクチャおしゃべりしたり、お菓子を食べたりして、高座に集中していません。そこで落語家は「マクラ」で、世相やそのときの流行などを面白おかしく話しつつ、観客の注意を自分に引き付け、本題の落語に入っていくのです。ときには落語の「オチ」が「マクラ」で話したことと見事につながって観客からやんや拍手喝采! なんて名人もいます。
学校や予備校で人気のある先生も、児童生徒の興味をつかむために、授業の導入部分に特に力を入れ、工夫を凝らします。雑談から始めたり、ときにはまったく関係のない話をして突然授業につなげたり、児童生徒の身近な例をあげたり、人によって、その工夫はさまざまです。
な〜んて、ここまで読んだ「未来の先生」の中には、少しとまどった人もいるかも知れませんね。
「お笑い芸人じゃないし、私が教壇に立ったらもっと教えるべきコトを簡潔にムダなく伝えていきたいのです! 授業時間だって限られているわけですし。それじゃダメってことですか?」
そんな疑問を口にした人に何一つ悪いことはありません。伝えるべきことを簡潔に伝える。その技術は授業に欠かせない大切なポイントの一つです。ムダ話に惚けて児童生徒たちの大事な学びの機会を奪うなど言語道断です。

 

「大勢」を相手に話を始める難しさ

とはいえ、私の教師体験(大学の非常勤講師・ビジネスセミナー・小中校生向け特別講義)を通して思い知らされたのは、何を伝えるか? 教えるか? と同じくらい大事なのが、どういうキャラクターでどう伝えるのか? です。「伝え方」で、情報伝達度が驚くほど違ってしまうという事実があることは否定できません。
これが一対一の「個別指導スタイル」ならば話は簡単です。互いに分からない点を認識しやすく、マンツーマンの会話で自然と距離を縮めながら授業ができるので、導入の「雑談」を省くこともできそうです。ところが、残念なことに現実的には、1人の先生が30 人以上の児童生徒を前にして、ややこしい「勉強」を教えようとするとき、教室の全員が目を輝かせて先生の話に興味を示す、なんてことはなかなか望めません。
そこで先生たちは、冒頭で触れたような雑談を折り込みつつ、子供たちが親しみやすい学校ネタやゲーム・アニメのネタに、学習するテーマを関連付けたり、創造力を補強する映像を流したりと、懸命に工夫を凝らすことになります。こういう「理解促進のための工夫」が、日本の教育水準を支えているのだと、私は先生方を尊敬しています。

 

導入で「自己開示」して相手の心を開く

もう一つ、こうした工夫と並んで、児童生徒の「心を惹きつける根本策」「決め手」がありました!! 「コレなくしては人の心をつかむなど、まあ難しい」といわれる例のアレです。そう「自己開示」です。
教育に興味がある人なら一度や二度は聞いたことがあるのではないでしょうか。これはカウンセリング界の重鎮であり、私の大学院時代の論文指導教官をお願いした國分康孝先生がとても大事にされていました(ちなみに先生は、日本教育カウンセラー協会会長でもあり、学生生徒の指導以上に、教師指導に情熱を注いでこられました)。
先生から学んだ自己開示を、梶原版「超訳」でごく簡単にいうと「自分に関する事実、自分のもつ感情、自分の考え方・価値観を、話す相手方にあらわに見せて話す行為」となります。
もっと「ぶっちゃけ」ていえば「俺は先生だ! と、見栄をはったり、本音を隠したりせず、ありのままの自分を相手に見せる勇気」ともいえます。
先生が子供に、「自分を開いてみせる」ことで子供たちの「心の防衛」が取り払われ、両者の間の親密感が醸成され、さらには「自己開示された側」も、いつのまにか「自分の心を開き始める」とされています。これを「自己開示の返報性」といいます。

 

授業でも応用できそう

少し理屈っぽい話から元に戻しましょう。「自分は、教育のプロである」という誇りやアイデンティティーをもちながらも、自分の親しみやすさを上手に見せながら、子供の「困難」に共感を示して話を始める。そんな授業は、おそらく子供たちにとってより身近で、分かりやすいものとなるのではないでしょうか。例えばこんな感じ。

 さあ、今日は「アルキメデスの原理」を学習します。この間、テレビつけたら、偶然「クイズ東大王(TBSテレビ)」で出題されてました。見た人いない? 視聴率イマイチか……。アルキメデスが風呂に入っていたときにひらめいて、素っ裸のまま大通りに飛び出して「わかったぞーい」とふれて回ったってところが出題されてましたが、先生が風呂で気付くことなんて、最近は腹が出たなあ、ぐらいだけどね。
さてと、ここからが本論。この法則、意外と単純なんだよねえ。はいっ! こっちに集中! 物理の超苦手だった若き日の僕。高校時代の先生に教えてもらって、初めて納得した目からウロコの図がこれだ!

「テレビのバラエティーを楽しみにする普通の家庭人」「自分の親同様、お腹の出具合を気にする男性」「生徒と同じく、元々は物理が苦手だった先生」。授業の導入で、一見どうでもよい「ムダ話」「雑談」に「自己開示」を折り込むことで、先生への親しみ→授業への関心→苦手科目でも克服できるという具合に、児童生徒の興味を引くことができます。
目の前の「聴衆」(児童生徒)の集中力を高めるために、話の最初に「親しみやすさ」「面白さ」を演出する。どんな風に授業に入るかは、その人の考え方・キャラ次第ですが、世の中にはこうしたスキルもあると覚えておくとよいでしょう。

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