日本語コラム『モノは言いよう』

梶原しげるの日本語コラム『モノは言いよう』・第2回 人を「ほめる」言いよう

梶原しげる
1950年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一法学部卒業後、文化放送に入社。アナウンサーとして活躍し、1992年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。日本語検定審議委員。著書に『不適切な日本語』『口のきき方』『すべらない敬語』『即答するバカ』(いずれも新潮新書)など多数。

反発を覚えるほめ方

「ほめ上手を目指したい!」

教育者志望の皆さんはもちろん、我々の多くがそう思っています。ところが「ほめる」という行為は思った以上に難しいものです。下手にほめると相手を怒らせることさえあるからです。
何を隠そう、私も「ほめられてむかついた経験」がありました。私の悪筆は、今でも続く長年のコンプレックスです。高校生時代、英文和訳の課題を、徹夜までして完璧に仕上げたはずだったのに、訳文云々の前に「こんな汚い字を書いて、君は授業をなめているのか!」と先生からこっぴどく叱られました。先生がそうおっしゃるのも無理がないというほどに汚い字だったのは間違いありません。当時は、デジタル万能の今と違い、キーボードで字を打つという選択肢はありませんでした。

「悪筆でも生きていける、しゃべるだけで許してもらえる仕事につくしかない」

そうまで思い詰めました。それが、後にアナウンサーを志した動機の一つだった、かも知れません。
その私が「ほめられるなどあり得ないへたくそな字」をほめられたことがありました。ここまで読むと「いい話?」と期待される向きがありそうですがまったくの逆です。
大学を卒業し就職先も決まり、学生時代よりマシなアパートを探したところ、ほどよい物件と出会いました。

「部屋にトイレもついてこの家賃。やった!初任給でも払えるぞ!」

9割方「ここ!」と決めていた私が最後の最後で「今回はお断りします」と告げたのは、契約書に字を書く私に揉み手で発した不動産屋さんの一言でした。

「素晴らしい字を書きますねえ、さすがお上手!」

生まれて初めて字をほめられたのですから喜べばいいのに、明らかに下手なものを「上手・達筆!」と持ち上げられた瞬間「この人を信用してはならない!」と大きな疑念と反発が湧いてきたのです。「ほめられても全然嬉しくない、むしろ馬鹿にされた気分」というものの存在を自らの体験で知りました。

 

当たり前のことはほめない

人は、ほめられたいところをほめてもらうのは大好きですが「ほめられたくないところをほめられること」に違和感やときに拒否感を覚えます。
例えば「その道のプロ」を自認する人のその「技」を軽々しくほめることは「タブー」とされています。
フィギュアスケートの世界王者・羽生結弦選手に「スケート上手いですね」と言ったらどうでしょう? 彼は心優しい性格だからひょっとしたら「ありがとうございます!」と笑顔で答えてくれるかもしれませんが、一般的には我々素人が名人に向かい「評価的なホメ」を行うと機嫌を損なう可能性が大です。
メジャーリーガー・イチロー選手に「野球お上手ですね」と言ったら、にらみつけられるような気もします。
これは例えば、ベテラン教師の素晴らしい授業を見学させてもらったときの新人教師の感想としても同じことが言えます。

「先生、教え方上手いですねえ」 

大先輩や名人を軽々しくほめるのはリスクが高い行為なのです。「お世辞でも何でもなく、感じたままを言って何が悪い!」お怒りの気持ちは分かります。でもそれなら「相手へのほめ」ではなく、自分が感じたその感動を我が喜びとして、それをそのまま口にしたらよいのです。

「自分にはとうてい難しいと思いますが、精進して、一歩でも先生に近づきたいと、授業を拝見して心に誓いました」

これなら先生は「ニッコリ」してくださる、かも知れません。「何だか七面倒くさくて、ほめるなんてやめちゃおう!」「人の悪口をネットに書き込んで憂さ晴らしした方が、精神衛生上ずっとよい!」。こんな風にすねて得することは一つもありません。ネットなど、悪口が蔓延する時代だからこそ、上手にほめて、相手に気持ちよくなってもらう「ほめ技」をもつ人の希少性が高まってきているのです。

 

その人の「ほめられたいポイント」を
観察してほめる

さあ、ここからが本論です(本論遅すぎ?!)。
私は「ほめ名人」の所に足かけ10年ほど通い「ほめ技」を学びました。名人とは、心理的な問題を短時間で一気に解決することで知られる「ブリーフセラピー」の第一人者、東京大学の森俊夫先生(2015年没)です。
この心理療法の技法に「コンプリメント」と呼ばれる「ほめ技」があります。「話す相手のもつすべての資源(身なり、声、表情、考え方、関心事)を会話中の観察から見つけ出し、さりげなく小さなことからコツコツと指摘して、自信と勇気をあたえる技」と、私は強引に解釈しています。
本人さえ気付いていない「本人がもつ、よいところ」を何でもない会話から発見し、そっと指摘することで、話す相手の目が輝き出すこの技は、心理療法に限らず、日常会話でも十分に役に立ちます。ポイントは「目の前の相手から聞こえるもの、見えるもののすべてを聞き逃さず見逃さず。それを指摘することがねぎらいや勇気づけにつながると判断したら、すかさず口にする」です。目の前の人への強い興味と関心、それに反応する俊敏性が求められます。当然ながら日ごろから「その気になって人物観察するクセ」を磨き上げる必要があります。「観察するぞ!」という気配を見せると警戒されますから「ボーッとしている」ように見せて「実は集中して観察する」という訓練は欠かせません。

「おいおい、そんなことまでやらせるのかよ?」

はい! 人様をほめて、気持ちよくなって頂くには、知恵と努力と忍耐が必要です。「適当におべんちゃらを言っておけば相手は喜ぶ」なんてことはありえません。いい加減にほめられれば、若き日の私のように腹を立てる人がいて不思議はありません。
「ほめ技」は、SNSで「いいね」ボタンを適当に押すのとはまるで違います。相手の「見つけて欲しい資源」を発見し、おべんちゃらや嘘ではない、相手の事実をちょこんちょこんと、さりげないわずかな言葉で返していく。この技を発揮できたら、互いの距離は一気に縮まり、親しみがグイッと増し、会話が弾む。もちろん、今後親しく交わる教室の生徒達とも。「中学生は大抵こういうもの」「保護者は普通こんな感じ」。予断と偏見に囚われ、対面する個々の相手への観察を厭うようなことが万一あれば、信頼という名の果実を得るのは難しそうです。「世間に出るとは、この先巡り会う相手のよいところ探しの旅に出ること」。そう考えてみたらいかがでしょうか。

●参考図書
『ブリーフセラピーの極意』(本の杜出版/2009)
『解決志向ブリーフセラピー』(本の杜出版/2015)

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