編集長コラム

任意なのに強制? 謎多き組織「PTA」の正体

法律に規定がないから変えられない!?

日本の学校教育は、法律の下で成り立っています。日本国憲法を頂点として、その下に教育基本法や学校教育法があり、そこに定められた規則・ルールに則って先生は教育活動を行い、子供たちは勉学に励んでいます。

当然、法律が大きく変われば、先生や子供たちの学校生活も様変わりします。例えば、2002年には学校教育法施行規則等が変わったことで、公立学校は「週5日制」になり、土日は休みとなりました。同様に、2011年には義務教育標準法が改正されたことで、小1の学級の上限は「40人」から「35人」となり、先生や子供たちは教室をゆったりと使えるようになりました。ルール・規則が変われば日常が変わる――それは、学校教育に限った話ではないでしょう。

一方で、世の中には法律では変えられないもの、変えにくいものもあります。それは“慣例”として自主的に行われている営みです。

例えば「家庭訪問」は、全国各地の学校で行われていますが、法令には定めがありません。各学校が自主的な取り組みとして、慣例的に実施しているものです。最近は、プライバシーの問題から、実施しない学校や玄関先で済ます学校も増えていますが、これを全国一律に廃止しようとしても、実施を義務付ける法律自体がないので難しい側面があります。

同様に「部活動」も、学校の自主的な取り組みとして行われているため、法律の規制が及びにくいものの一つです。以前から、活動の行き過ぎが指摘され、見直そうとする動きは出ているものの、抜本的な改善には至っていません。それは、部活動の活動内容を規定する法令そのものがないからとも言えます。

そしてもう一つ、学校には法的根拠はないのに、慣例として広く浸透し、学校に多大な影響を与えているものがあります。それは「Parent-TeacherAssociation」、略称「PTA」です。

「教育の民主化」を目的として作られたPTA

戦時中、軍国主義化が進む中で、日本の学校教育も少なからず、その片棒を担ぐ役割を果たしました。そうした反省から、戦後はGHQ主導により、“教育の民主化”が図られます。その一環として、アメリカの仕組みを範として持ち込まれたのが「父母と先生の会」、後のPTAでした。「PTA=保護者の会」と思っている人もいるようですが、「先生」も含まれています。

驚くのは、設置を義務付ける法律がないのに、わずか数年で全国の大半の学校にPTAが出来てしまったことです。当時の文部省が、教育委員会を通じて設置を呼び掛けたのが1947年。その3年後の1950年4月には、設置率が9割以上にも達しました。

PTAが短期間で急速に普及した背景には、学校を中心とした強固な地域共同体の存在があります。昔は多くの住民が「私たちの学校」との意識を持ち、先生や子供たちを支えようと、学校に協力しました。今も、一部の地域では、そうした風土が残っているかもしれませんが、総体的に見れば学校と地域住民とのつながりは弱くなってきています。

その結果、PTAをめぐる状況にも変化が出てきました。一つは、新設校などに、PTA自体を設置しない学校が出始めたこと。もう一つは、PTAの活動に参加しない、あるいはPTAそのものに加入したがらない保護者が出始めたことです。

前者については、「PTAがないなんて、学校は困らないの?」と思う人もいるかもしれません。確かに、PTAは行事の支援や安全パトロールなどの活動を通じ、日常的に学校を支援しています。PTA のない学校の場合、代わりに「親の会」など比較的緩やかな組織が、学校をフォローしているケースが多いようです。

ここ最近、何かと話題になっているのは後者の方です。PTAは法的に、設置の義務もなければ、加入の義務もありません。そのため、加入する・しないは、個々の保護者の意思に委ねられているはずです。ところが、実際には半ば強制的に加入扱いされ、会費を徴収されているケースが少なくありません。そうした状況に異議を唱える人が増え始めているのです。

曲がり角を迎えたPTA

PTAの加入については、申込書類の提出などは特になく、「会則の配布を持って加入とします」としている所が少なくありません。ある日突然、街角でパンフを渡されて「このパンフを受け取ったら、あなたは会員です。会費を払う必要があります」などと書かれていたら、誰だって面食らって突き返すことでしょう。そんな状況があるにもかかわらず、これまでは多くの人が、当たり前のようにPTAに加入し、会費を払ってきた実態があります。

2014年、熊本県のある保護者がPTAを相手取り、会費の返還を求める訴訟を起こしました。この保護者は、PTAに退会を申し出たものの、当初は「卒業・転出以外は認められない」と断られたそうです。最近になって訴訟は和解しましたが、PTAのあり方に疑問を投げかける大きな出来事だったと言えます。

近年、人々のライフスタイルは多様化しています。子供をもうけない夫婦もいれば、子供はいても学校との関わりは最小限にとどめたいと考える保護者もいます。学校と地域が強い絆で結ばれていた時代の産物であるPTAが、制度疲労を起こしている側面は否めません。

そもそもPTAは学校や企業とは違い、法律・規則による縛りのない任意の団体です。そんな組織が、何百人もの会員を抱え、年間数百万円もの予算を動かしているというのは、危うい話にも思えます。

実際、PTAの運営をめぐっては、さまざまな問題・トラブルも発生しています。例えば、ある地域ではPTA会費が学校の改修費に充てられたり、エアコンの設置費に充てられたりしている状況があります。こうした費用は本来、税金で賄われるべきもので、適切な処理とは言えません。もっとひどい話として、PTA会費を預かっていた人が不正に着服していたなんてケースもあります。こうした出来事は、PTAが会計規則を持たない任意の団体であることと無関係ではないでしょう。

PTAという組織が果たしてきた役割、存在意義などを否定するわけではありません。しかし、実態が時代とそぐわなくなり、曲がり角を迎えているのは確かです。慣例として根付いているものほど変えるのは難しいですが、実質的な「強制加入」「退会不可」などの状況だけは、改善されていくことを望みたいところです。

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