学校不祥事の顛末

教諭がイスを投げて女子生徒がけが

【今月の事例】
教諭がイスを投げて女子生徒がけが
生徒を注意しようと教室で椅子を通路に投げ付け、女子生徒の右腕を打撲させたとして、A県教育委員会は、B町立C中学校の50代の男性教諭を戒告の懲戒処分にした。教諭は「大きな音を立て、本気で注意していることを伝えたかった」と話したという。県教委によると、教諭は社会の授業中、2年の生徒2人が私語をやめないため、生徒用の椅子を胸の高さから1メートル先の通路に向かって投げた。椅子は1人の机に当たって跳ね返り、背もたれが隣の女子生徒に当たったという。

 

【法律家の眼】

「故意でなかった」は通用しない
大切な感情のコントロール

弁護士 樋口 千鶴(上條・鶴巻法律事務所/東京都教育委員会公益通報弁護士窓口)

 

1 暴行であって指導ではない

本事例の教諭は、椅子を投げて生徒がけがをしたとき、どう思ったでしょうか。もし、謝罪したとしても、「わざとぶつけたわけではない」「おかしな弾み方をしたせいだ」「運が悪かった」といった言い訳を心の中でしていないでしょうか。
たとえ「本気で注意していることを伝えたいと思っただけ」「生徒を狙って投げたのではない」としても、危険な行為によりけがを負わせているわけですから、責任を免れることはありません。この教諭の行為は教育的指導ではなく、単なる暴力行為です。

 

2 故意と過失

本事例の教諭は、椅子をぶつけてけがをさせようという故意をもって、狙って打撲傷を負わせたわけではありません。
しかし、授業中であり、近くに複数の生徒がいることが分かっていて、それなりの重量、大きさがある椅子を通路に向かって投げつけているため、椅子があらぬ方向へ弾んで、その結果、周囲の誰かに当たってけがをするといった因果の流れは、常識的に考えれば誰にでも分かることです。そのような場合には、狙って椅子を投げたわけでなくても、傷害の結果について法的責任を負うことになります。
また、当たりどころが悪ければ、頭部外傷、顔面骨折、内臓損傷、失明など、重大な結果が生じた可能性も否定できません。まして、けがをした生徒の立場からすれば、他の生徒が騒いでいたことでなぜ自分がけがをしなければならないのか、全く納得がいかないことでしょう。「けがをさせるつもりはなかった」では済まされないのです。
3 指導の範囲か、指導の範囲外か

児童生徒の身体に力を加える場合、指導の範囲内なのか、指導を超えた不適切な行為なのかを、常に判断していかなければなりません。以下、東京都が開示している「体罰関連行為のガイドライン」を抜粋しますので、一読してみてください。本事例の教諭の行為は、やむを得ずに行われたとは到底言えず、指導の範囲を超えていることが分かります。

□指導の範囲内
注意喚起や指導を浸透させるためにやむを得ず行われた、児童・生徒の身体に、肉体的負担を与えない程度の極軽微な有形力の行使
【具体例】腕をつかんで連れて行く/頭(顔・肩)を押さえる/体をつかんで軽く揺する/短時間正座させて説諭する/寝ている生徒の肩をたたき起こす□不適切な指導
児童・生徒の身体に肉体的負担を与える程度の軽微な有形力の行使
【具体例】手をはたく(しっぺ)/おでこを弾く(デコピン)/尻を軽くたたく/小突く/拳骨で押す/胸倉をつかんで説教する/襟首をつかんで連れ出す

 

4 感情のコントロール

「思わずかっとなって手が出てしまった。」そう言う教員をどう思いますでしょうか。怒りは誰にでもある感情です。怒りの感情を知り、それをコントロールすることは、教員でなくとも社会人として求められる素養と言えるでしょう。
教育現場でも「アンガーマネジメント」という言葉がよく聞かれるようになりました。怒りの感情がどういったマイナスを引き起こすか、そもそも怒りとは何か、自分が怒りを感じるのはどのような場面かなどを想像した上で、怒りの感情が芽生えたらどう対処するかを考え、自分なりにコントロールする方法を考えておく必要があると思います。
怒りをコントロールできない教員が生徒指導に当たれば、何らかの問題が発生することは目に見えています。現場に立つ前に、自分の感情のコントロールについて、ぜひ時間をとって考えてみてください。

 

 

【教育者の眼】

大切なのは「教え、諭す」指導
威圧的な指導で心は育たない

濱本 一(共栄大学教授/前埼玉県教育局市町村支援部長)

 

■教師としての使命感や自覚はどこへ

本事例は、授業中におしゃべりをしている生徒を注意しようとして、椅子を通路に投げ付けたものの、机に跳ね返って女子生徒に当たり、打撲させてしまったという事例です。この行為は、学校教育法第11 条が定める体罰に該当する可能性があるほか、地方公務員法第33 条が定める信用失墜行為に該当するものです。懲戒処分を受けるのは当然と言えるでしょう。
こうした行為は、「指導」ではありません。教職を目指す皆さんは、児童生徒を指導する際に、椅子を投げつけたりするでしょうか。子供同士のけんかでは、そうしたこともあるでしょうが、大人としてはあるまじき行為です。教師としての使命感や自覚は、一体どこへ行ってしまったのかと情けなくなります。
教師の指導は、「教え、諭す」のが本来の姿です。この教諭は、「本気で注意していることを伝えたかった」と話していますが、普段から威圧的に指導していたのではないかと疑ってしまいます。そうした指導に対し、子供たちは恐怖感から従っている態度を示しますが、“心”は育ちません。
本事例の原因は、授業中の私語にあります。もちろん、私語は望ましくありませんが、見方を変えれば授業への興味・関心を失わせているような授業をしていることが、問題とも言えます。教師は「授業で勝負する」のであり、児童生徒の学ぶ意欲を喚起する、魅力ある授業づくりが求められます。
次期学習指導要領の総則には、新たに「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善」が示されました。教師を目指す皆さんは、この趣旨を踏まえて子供主体の学習活動ができるよう、授業力を身に付けてほしいと思います。

 

■教育と生徒指導の原点に立ち返る

教育の目的は、教育基本法第1 条に「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」と書かれています。そして、生徒指導の意義は、「生徒指導提要」に、「一人一人の児童生徒の人格を尊重し、個性の伸長を図りながら、社会的資質や行動力を高めるように指導、援助するもの」と書かれています。
こうした方針の下、各学校では「学校の教育目標」を立て、具体的な「生徒指導の方針」を打ち出し、校長のリーダシップの下、全教職員で教育活動に取り組んでいます。教師を目指す皆さんは、この原点に立ち返り、児童生徒一人一人の人格のより良い発達を目指し、教師として使命感と自覚を持ってほしいと思います。そして、組織(チーム学校)の一員としての自覚も持ち、児童生徒の心に寄り添い、謙虚に学び続ける教師として「心の教育」の実践を目指してほしいと思います。

 

■「信頼」と「尊敬」のある教師に

次期学習指導要領の総則に「児童(生徒)のよい点や進歩の状況などを積極的に評価し…」と示されているように、教師は子供たちの良さや可能性を見つけ、伸ばし、自信を持たせていかなければなりません。善悪の指導については、時に毅然とした態度を示す一方で、深い児童生徒理解に基づき「教え、諭す」ことが大切です。威圧的に椅子を投げたり、物を壊したりするなどは論外で、「心」を変容させる指導が不可欠です。
そのためには、日頃から子供たちと信頼関係を築いておかねばなりません。どの子にも平等に、一人一人に心を込めて寄り添い、時に厳しく、時にやさしく接すること、そして「魅力ある授業」をすることが、信頼や尊敬の獲得につながるのです。信頼と尊敬のある教師は、子供が卒業して何年経っても「先生、先生」と慕われます。そうなれば教師冥利に尽きるでしょう。
教師を目指す皆さんは、豊かな人間性と確かな専門性、情熱と使命感を持ち、そんな教師を目指してほしいと思います。

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