レポート教育最前線

科学技術のリテラシーを育む研究開発学校の「夢創造科」

埼玉県久喜市立久喜小学校

次期学習指導要領に向けた中央教育審議会の答申では、人工知能(AI)の進化など社会の加速度的な変化の中にあっても、未来を創り、社会や人生をより良いものにしていく「人間の学習」を求めています。AI に“使われる”のではなく、AI を“使いこなす”人間になるには、科学技術の正しい理解はもとより、その活用能力(リテラシー)が欠かせません。その育成に向けた、文部科学省の研究開発学校の取り組みを紹介します。

文・渡辺敦司(教育ジャーナリスト)

未来を担う人材の育成に
郷学以来の伝統校が取り組む

埼玉県の東北部に位置し、都心から50キロほどの場所にある久喜市。その中心部にほど近い所にある市立久喜小学校は、2013年度から4年間、文部科学省の研究開発学校に指定され、独自の新教科「夢創造科」を設置し、研究実践に取り組んでいます。
1976年に設けられた研究開発学校制度は、学習指導要領など国の基準に拠らない教育課程の編成・実施が認められる、代表的な制度です。構造改革特区に端を発した教育課程特例校制度(2008年度〜)とは違い、学校教育に対する多様な要請に対応した新しい教育課程や指導方法を開発することによって、学習指導要領の改訂をはじめとした教育課程の改善のための実証的研究を行う使命があります。2016年度は、幼稚園から高校、特別支援学校に至るまで、全国で44校(国立21校、公立21校、私立2校)が指定を受けています(延長指定を含む)。
久喜小学校は学制公布の翌年、1873(明治6)年に創立された伝統校ですが、その歴史は1803(享和3)年創立の郷学「遷善館」にまでさかのぼることができます。ゆかりの漢学者・中島撫山(1829〜1911)の教え「一読 十笑 百吸 千字 万歩」は、久喜の子供たち全員の「五つの誓い」( ①一日に一回は本を読み 知識を豊かにします ②一日に十回は笑顔になり 友達と仲良くします ③一日に百回は深呼吸し 心をいやします ④一日に千の文字を書き 考えを深めます ⑤一日に一万歩は歩き 身体を鍛えます)となっています。同校は、そんな久喜市の小学校の中でも“中心校”として、時代を先取りする実践研究を行ってきました。
研究開発学校指定の基になったのが、2008年度から市の指定を受けて進めてきた「PISA型読解力の向上に関する研究」です。算数を中心とした研究でしたが、理科も含めて学習指導要領に拠らない研究にまで広げたいとの思いから研究開発学校に名乗りを挙げ、文部科学省の担当者(教科調査官)と話し合う中で浮上したのが、「科学技術を中心に日本の未来を担う人材」の育成というテーマです。
経済協力開発機構(OECD)が2000年以来3年ごとに実施しているPISA(生徒の学習到達度調査)は、もう一つの代表的な国際学力調査である国際教育到達度評価学会(IEA)のTIMSS(国際数学・理科教育動向調査)とは違い、学校で学んだ知識を問うのではなく、社会に出た時に活用できる能力(リテラシー)が身に付いているかを問うものです。昨年11〜12月に、2015年に実施された両調査の結果が相次いで公表されたのは、記憶に新しいところです。PISA2015では読解力に課題が見られたものの、科学的リテラシーや数学的リテラシーに関しては、好成績を残しました。
科学的・数学的リテラシーの活用を核とする同校の「夢創造科」は、算数・理科という教科の枠にとどまらず、小学校でも「科学技術」にシフトすることを目指した教科と言えます。教科名に「夢」を入れたのは、時代の変化の中で子供の夢が先細りしがちな昨今、イノベーション(技術革新)を起こすとともに、人にとって使いやすいデザインを考えられる能力を育成したいと考えたからだそうです。
資源の乏しい日本は、今後も科学技術立国として発展する以外に道はありません。「科学技術イノベーション総合戦略」は、安倍内閣の成長戦略の一環にも位置付けられています。中央教育審議会の答申でAIなど「第4次産業革命」への対応が強調され、小学校でプログラミング教育が必修化されることになったのも、そのような認識からです。
科学技術イノベーションを担う人材を、どう育成するか。そのヒントが、同校の「夢創造科」にあると言えます。

独自に資質・能力を設定
課題解決力や評価する力も

「夢創造科」は、第1・第2学年が算数・生活・図工から、第3・第4学年が算数・理科・図工・総合から、第5・第6学年が算数・理科・図工・家庭・総合から、それぞれ計50時間分を減らして創設した、独自教科です。「科学技術に関する探究的・創造的活動を通して、科学技術に関する基礎的・基本的な知識・技能を習得するとともに、科学技術を適切に評価し、活用できる力を養う」というのが、教科の目標です。学年の目標は、2学年ごとに示しています。
科学技術に関する基礎的・基本的な知識・技能(何を知っていて、何ができるか)として、「素材活用」「メカニズム活用」「生物活用」の3領域を設定。科学技術を適切に評価・活用する力のうち、「知っていること、できることをどう使うか」として「批判的思考」「創造的思考」を、「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか」として「自律的態度」「協働的態度」「感性」を位置付けています。これらが次期学習指導要領の「資質・能力の三つの柱」に対応していることは、言うまでもありません。
これらの育みたい能力について、各学年でルーブリック(学習達成度を示す評価基準を文章で記述し、表にしたもの)にまとめています。
各学年の活動は、1年生が「スプラウトを育てよう」(生物活用)・「牛乳パックをだいへんしん」(素材活用)・「音って楽しいね」(メカニズム活用)、2年生が「グリーンカーテンをつくろう」(生物活用)・「どこでも届いちゃうぞ大作戦」(素材活用)・「インセクトパラダイス」(メカニズム活用)、3年生が「提灯祭りを楽しく」(素材活用)・「カラクリおもちゃを作ろう」(メカニズム活用)、4年生が「地域に発信!くきっこまつな」(生物活用)・「災害から身を守ろう〜ピンチをチャンスに〜」(素材活用)、5年生が「ロボットで未来を豊かに」(メカニズム活用)・「木と仲良くしよう」(素材活用)、6年生が「World Porter 〜世界を救うのは、君だ〜」(生物活用)・「ロボットと共に生きる」(メカニズム活用)という構成になっています。

3年生「提灯祭りを楽しく」で、児童が設置したごみ箱。

「生物活用」「素材活用」「メカニズム活用」の3領域が、6年間を通してスパイラルに設定されています。低学年で3領域、中学年以上で2領域という構成も、発達段階に合わせて単元の長短を考慮したものです。
一つの単元は、動機→探究→設計→創造→評価という5つの学習サイクルによって展開されます。こうした学習展開を通して、①科学技術に関する基礎的な知識、②科学技術を活用して新たな価値を創出する力、③協働して課題を解決する力、④多角的・客観的に科学技術を評価する力――を身に付けていきます。
子供の創造性を引き出す仕掛けも、随所で工夫されています。例えば3年生の「提灯祭りを美しく」では、毎年7月に行われる八雲神社の祭礼「天王様」に大勢の人が詰め掛けるのに合わせて、思わずごみを入れたくなるデザインを考え、実際に作成してごみ箱を設置しました。祭りの後は、ごみ箱を学校に持ち帰ってごみの内容を分析することで、課題を考えます。
ある子は、形状がユニークで、ごみを入れにくい形のごみ箱を考案しました。あえて捨てにくくすることで、持ち帰りなどの環境美化意識を促そうという逆転の発想です。
学習評価のやり方も工夫しています。知識・技能面は、客観テストによる評価はもとより、パフォーマンス評価も重視。活用・評価面は、パフォーマンス評価により行います。さらに、授業の場面ごとに発揮された児童の良さを児童の気持ちに寄り添って記録し、その積み重ねを評価する「エピソード評価」を取り入れています。
4年間の研究開発を通して、成果も徐々に表れています。「将来、科学技術を生かした仕事をしたいと思います」と回答した児童の割合(「あてはまる」「ややあてはまる」の合計)は、1年目53%、2年目64%、3年目75%と年を追うごとに上昇し、4年目となる今年度は91%にも達しました。「身の回りの科学技術に関心を持つようになった」という回答(同)も89%(うち「あてはまる」82%)に上っています。

4年生「地域に発信!くきっこまつな」で、小松菜の栽培をする児童。

若い教員が多数の現場で
教育のあるべき姿を追究

同校の「夢創造科」は、研究開発学校の“特別な実践”という枠を越え、次期学習指導要領の下で求められるカリキュラム・マネジメントにおいても、参考になる事例と言えます。
しかし、カリキュラム・マネジメントは学校全体で行うものとはいえ、これまで教科中心に指導計画を立ててきた個々の教員にとっては、馴染みのないものだけに大変です。ベテラン層の大量退職で若返りが進む学校現場にとって、これにどう取り組むかは大きな課題と言えます。
教員層の若返りは、同校も例外ではありません。管理職と教員23人中、6割に当たる14人が20 代。新任教員が毎年2〜3人は着任しています。30代は3人だけで、40代に至っては1人もいません。そうした若手中心の組織で、日本の未来を担う先進的な実践研究を行っているわけです。
教職14年目、同校に着任して9年目を迎える研究主任の川島尚之主幹教諭は、こうした状況について「若い先生方の成長は素晴らしい」と胸を張ります。
「教職3年目の先生は、『エピソード評価じゃ駄目だ。これからはオブザベーション評価だ』と言って、自分なりに新しい学習評価のあり方を提案してくれました。その内容は別として、普通ならば学習評価の新しいあり方を提案できる年次ではありません。5年目の先生が『学習指導要領は、従うものではなく、活用するものだ』と言っていたのも頼もしいものがありました。」

家具のデザインについて,グループでディスカッションをする児童。

川島教諭自身も「何と充実した4年間だったろうと思います。教育とはどうあるべきかについて、その追究が許されるのが、研究開発学校なのです」と振り返ります。
とはいえ、研究開発学校に指定された1年目は、「死に物狂い」だったと言います。当時は、「そもそも日本は科学技術立国という道しかないのか」という、根本的な議論から始め、最終的に「小学校から新たな発想と知識を持った人材を育てなければならない」という結論に至ったと言います。そんな苦労の積み重ねの末に開発した独自教科の内容と目標が、結果として「中央教育審議会の答申とかぶりました」と川島教諭は笑います。言い換えれば、現場の教員には、それだけ潜在的な力があるということでしょう。
「木を見て森を見ず」をもじった「木を見て森も見る」を座右の銘としている川島教諭は、「時代を見ることが大事です。学習指導要領も、改訂された時点で“過去”のものになります。『学習指導要領に書いてあるから』ではなく、学習指導要領を生かして、どう教育をするかを考え続ける姿勢が必要です。もちろん、教員の独り善がりでは駄目で、目の前の子供をしっかりと見て、『この子の未来』を考えることが重要なのです」と指摘します。
若い先生たちにも「こうでなければならない、という教員像はありません。自分が『教育とはこうあるべきだ』と思う教員像にまい進すればいい」とアドバイスしているという川島教諭。最後に、「これから教員を目指そうとする人にも、同じことが言えます。あなたが正しいと思う教員の姿を目指してください」とエールを送ってくれました。

木材で屋根付きのベンチをデザインする児童。

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