編集長コラム

悩ましい学校の出入口管理とリスクマネジメント

学校の「関係者」はどこまで?

学校に行くと、校門の所によく、こんな注意書きが出されています。
「関係者以外の立ち入りをお断りします。」
学校は子供たちの安全を守る義務があるわけで、見知らぬ人が何となく入ってきて、校内をウロウロ…なんて状況は好ましくありません。なので、こうした標示で出入りを制限するのは、当然のことです。

ところで、ここで言う「関係者」とは、一体誰のことを指すのでしょうか。狭義に考えれば、学校の教職員、児童生徒、保護者などが挙げられますが、広義にとらえれば学校医やスクールカウンセラー等の外部専門家、教育ボランティアの大学生、所管する教育委員会の職員、学校評議委員なども「関係者」と言えるでしょう。こうした人たちが学校を歩いていたとしても、不審には思われないはずです。

近隣住民はどうかと言えば、微妙なところです。学校の近くに住む人は、日々、学校の騒音や砂ぼこりなどの影響を受けています。その点では、大いに「関係」があるわけですが、何の用事もアポイントもなく学校に入ってくれば、不審に思われるに違いありません。

こうして見ると、学校の「関係者」とは、「学校に所属する人」または「学校と業務・教育活動的に関わりのある人」と定義することができるかもしれません。とはいえ、「ならば、卒業生は部外者なの?」と聞かれると、答えに詰まってしまうところです。卒業後1〜2年ならまだしも、6〜7年以上も経っていれば、その卒業生の顔を知る教員もほとんどいないでしょう。そんな人が突然「卒業生です。学校へ遊びに来ました」などと訪ねて来た時、学校としてどう対応するかは難しいところです。

 「性悪説」に転換した学校の安全管理

不審者対策の一環として、現在は多くの学校が玄関等に受付を用意し、来校者に氏名と所属を記入してもらうようにしています。とはいえ、このスタイルが浸透したのは、2000年代に入ってからのこと。それ以前は、ほぼフリーパスで入れる学校が大半でした。

分岐点となったのは、2001年に起きた「附属池田小事件」です。多くの子供たちが犠牲になったこの事件以降、学校の不審者侵入対策が強く求められるようになり、受付の設置はもちろん、さすまたを使った防犯訓練なども行われるようになりました。「性善説」で成り立っていた学校の安全管理が、「性悪説」に転換したわけです。

一方、こうした流れとは逆行する形で、誰もが自由に敷地内を出入りできるユニークな学校も、全国には幾つか設置されています。「学社融合型施設」と呼ばれるもので、学校図書館を地域に開放していたり、校庭が公園と一体になっていたり、特別教室で地域のカルチャースクールを開いていたりします。

こうした施設に対しては、当然、「防犯上危なくないのか」という声も上がっています。その点についてある教育委員会関係者が、次のように話していました。

「地域住民が頻繁に出入りすれば、かえって不審者は行動しにくいものです。」

なるほど、衆人の目にさらされている場所ほど、犯罪が起こりにくいという防犯上の理論は、街中の「割れ窓理論」にも通じるところがあります。学校を“閉じる”のではなく“開く”ことで安全確保を図る。まさに「逆転の発想」と言えるでしょう。

もちろん、これで100%の安全を確保できるわけではありません。不審者の中には、人目の届かない所を狙って, 侵入してくる者もいます。もし「100%」を求めるならば、やはり校地の周りを高い塀で囲み、官公庁レベルのセキュリティ体制を敷くしかないでしょう。実際、私立学校の中には、官公庁や大企業さながらのセキュリティ体制を敷いている所もあります。

しかし、同様の安全管理体制を、全国3万5千に及ぶ公立学校に求めるのは現実的ではありません。そもそも全国には、どこからどこまでが校地なのかさえ、曖昧な学校もたくさんあります。そうした状況がある中で、塀を築くとなれば膨大な予算が必要となるでしょう。

全国には、敷地と道路の境界線が曖昧な学校も多い。

 

リスクをどこまで許容するか

不審者侵入対策に限らず、学校にはさまざまなリスクが潜在しています。地震や火災、水害などの天災はもちろん、通学途中の連れ去り、交通事故などの人災もあります。理科実験中の事故、体育実技中のけが、校外学習での事故など、教育活動中にも数多くのリスクがあります。全国各地の学校では、こうしたリスクを少しでも減らすよう、チェックリストに基づく施設設備の点検、子供たちへの安全指導などを行っているわけです。

一方で、こうした安全対策をどのレベルまで徹底するかは、悩ましい問題と言えます。その一例が、組体操です。大阪府の中学校の運動会で、10段ピラミッドが崩れる様子が動画サイトに投稿されたことをきっかけに、全国の多くの学校でピラミッドやタワーの高さ制限が行われるようになりました。自治体の中には、組体操自体を禁止する所も出てきています。

運動会の風物詩とも言える組体操が消えたことに対しては、批判の声も少なくありません。「どんな競技・種目にも事故はつきもの」という声もあれば、「一律の制限は学校の自律性を奪う」という声もあります。確かに、こうした流れが加速すれば、いずれ「棒倒し」や「騎馬戦」なども、運動会から消える可能性があるでしょう。

組体操の是非はともかく、リスクをどのくらい許容するかは、教育活動において慎重に考えるべきテーマです。例えば、校外学習に行けば、子供が蜂にさされたり、漆にかぶれたりする可能性があります。対策として、「長袖の服を着る」「事前に危険箇所をチェックする」などが挙げられますが、これでリスクがゼロになるわけではありません。ゼロにするには、校外学習自体をやめるのが一番ですが、その代償は「子供が成長する機会の喪失」という形で跳ね返ってきます。

「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」ということわざがありますが、大きな事故が新聞やテレビ等で報道されると、リスク管理の針がやや極端に振れるケースは少なくありません。安全管理が大切なことは言うまでもありませんが、リスクをすべて消すことは難しく、リスクヘッジが行き過ぎると、教育本来の意義まで失ってしまうこともあるという点は、頭の片隅に入れておきたいところです。

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