教職感動エピソード

Vol.22 夢の種を蒔く学校に

沼本 愼二(広島県廿日市市立廿日市中学校長)

「こんな中学生がまだおったんか。」

体育祭本部席の横にある敬老席から、こんな声が聞こえてきました。

「昔は、みんなこんなラジオ体操をしとった。何十年ぶりに、こんなに美しいラジオ体操を見せてもらった。本当に感動した。」

涙を流されていた方もおられました。

本校では、「何のために」を理解し、語ることができる生徒の育成と、他者の感動に喜びを感じることができる生徒の育成を目指しています。

昨年度から、体育祭は生徒会を中心として、生徒の主体性と自主性を重んじた運営に徹底的にこだわっています。本番ではグラウンドに教員の姿を見かけることはありません。アナウンスは放送部の生徒が担当し、吹奏楽部の指揮も入場行進の号令もすべて生徒が行います。開会式での校長や来賓の挨拶すらありません。来賓紹介は、生徒会長が体育祭開会挨拶の中で行いま
す。体育祭実行委員長が開式宣言や留意事項、本気で体育祭に臨む決意を生徒や観客に伝えます。優勝旗の返還も、もちろん生徒間で行います。

プログラムの最初の準備運動は、全校でのラジオ体操です。

ラジオ体操第一のイントロの後、一斉に550 名の全校生徒が、天に向かって両手を振り上げます。すると、「ずあっ!」という大きな音がします。見ている者は鳥肌が立ちます。足の屈伸や前屈、上体反らしや跳躍など、550 名の動きがきれいに揃うと、こうした大きな音が発生するのです。

こうした独特の音と、目の前で展開する本気のラジオ体操が感動を呼び、体操が終わった後には大きな拍手が鳴りやみません。アンコールの声もありました。

生徒たちが本気で体育祭を作り上げ、その集大成を観客である保護者や地域の方々、そして教職員に、これでもかと見せつけるのです。感動しないわけがありません。

もちろん最初からできたわけではありません。まず、何のために体育祭があるのかについて、教員が生徒たちに問いかけます。体力を付けるためなのか、単に決められた行事に参加するためだけなのか、終わった後の達成感や仲間と協力して成功した喜びを味わいたいのか。何のために体育祭に参加するのか、生徒たちが理解し、自分の言葉で語ることができてこそ、練習への意気込み、上手くいかなかったときの心の持ちよう、挫折から這い上がる方法など、そのすべての価値を左右するのだと思っています。

私が、常に生徒たちに伝えていること、それは「観客を感動させてごらん」「先生たちを感動させ、涙を流してもらいなさい」ということです。そのためにはどういう気持ちで練習すればよいか、どういう決意をして本番に臨めばよいかを常に考えさせています。

こうした働きかけは、生徒たちの夢の実現にも大きく影響するものと考えています。冒頭の、「何のために」を理解し、語ることのできる生徒を育成する。他者の感動に喜びを感じることのできる生徒を育成する。こうした本校の方針は、生徒たちの心の夢の種を蒔くイメージで作られています。

夢の種を蒔く学校。これが私の理想です。

私は昨年度、新米校長として本校に赴任しました。全く学校現場の経験がありませんでしたが、赴任直後から「これだけはやらないといけないな」というものが心の奥底にありました。それは、生徒たちの心を強く揺さぶること。しかも、何度も、何度も、波状的に揺さぶることです。

「思い立ったら即行動」が私の信条です。

校長就任直後、元よしもと芸人で映画監督の「てんつくマン」に、「君たちが今やるべきことは何か!」という内容の講演を依頼しました。7月に市内の大ホールを貸切り、生徒、教職員、保護者、市民、てんつくマンのファン、総勢1,000 名近い参加者の中、熱く熱く語ってもらいました。生徒たちの心に、夢の種をたくさん蒔くことができた瞬間でした。

これに味を占めた私は、シンガーソングライターの玉城ちはるさんに、翌8月に開催する平和学習の中で「平和への思いをカタチにすること」という内容の講演とライヴをお願いし、実現することができました。汗だくで歌い語る玉城さんの声に、生徒たちが前のめりで耳を傾けたのは、言うまでもありません。

真夏の体育館で、夢の種をたくさん蒔くことができました。

さらに続きます。

赤ちゃんが先生になって生徒たちに命の大切さを教えてくれる、「赤ちゃん先生プロジェクト」を導入しました。これは、広島県内の中学校では、初となるものでした。1学年約160 名を対象として、20 名を超える赤ちゃん先生が、ママ講師に抱かれてやってきます。詳細はここでは語りきれませんが、体育館に20 名を超える赤ちゃん先生が並んで入場した瞬間、体育館
内の空気が一瞬にして変わるという奇跡を生徒たちは体験しました。

この日は不登校の生徒も登校しましたし、普段はあまり表情を変えない生徒たちも笑顔全開でした。赤ちゃん先生に、夢の種を蒔いてもらいました。

本年度も、本気で生きている方々を積極的に学校にお招きし、波状的に生徒たちの心を揺さぶる授業を重ねています。

少し紹介します。

2016 年5月、本校の体育館にシンガーソングライターの森源太さんをお招きしました。体育館は、全校生徒、教職員や保護者、森源太さんのファンなど、約700 名の参加者で埋まりました。森さんは「今は夢や目標がなくてもいい。心配するな。目の前のことを一所懸命やればいい。相手をいかに喜ばせるか、感動させるかで人生は決まるんだ」と、熱く語ってくれました。若いときの失敗や挫折が、いかに大人になってから良い方向で生きてくるかを、説得力のある熱い語りで生徒たちの心を釘付けにしてくれました。

夢の種がたくさん蒔かれた瞬間でした。

同年8月には、講演家の古市佳央さんをお招きしました。

16 歳のときに大火傷を負い、一度は未来を無くしたと考えたものの、多くの挫折を乗り越えて、今は全国各地で自分の人生を語り、多くの人に生きる勇気と希望を与え続けている古市さんに、たくさんの夢の種を生徒たちの心に蒔いてもらいました。

こうして夢の種を蒔き続けた結果、圧倒的に生徒たちの笑顔が増えました。挨拶の声も大きくなりました。下を向いてとぼとぼ歩く生徒がとても少なくなりました。

夢の種が心に蒔かれている証拠だと私は勝手に信じています。今は、笑顔や挨拶などだけかもしれません。しかし、生徒たちが将来、失敗し、挫折し、苦しみあえぐようなことが目の前に生じた時に、必ず中学生のときに心に蒔かれた夢の種が芽を出して、生徒たちを助けてくれると強く信じています。

学校って、夢の種を蒔く場所だ。私はそう確信しています。

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