レポート教育最前線

“授業実践革命”の可能性を秘めたプログラミング教育

東京都小金井市立前原学校

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次期学習指導要領で、小学校段階から行われることになった「プログラミング教育」。人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)などが急速に進化した「第4次産業革命」時代に生きる全ての子供たちに、“プログラミング的思考”を育むことが求められます。必ずしもコンピュータが得意でない教員も多い中、どのような姿勢で取り組んでいけばよいのでしょうか。先進校の実践を紹介しながら、解説していきます。

文・渡辺敦司(教育ジャーナリスト)

粘土遊びをするように
“プログラミング的思考”を学ぶ

「みんな、本物のハカセって見たことある? 僕、本物なんだよ。」
東京都小金井市立前原小学校2年生の教室。タブレットを手にした子供たちを前に、デジタルコンテンツの企画・開発等を行う合同会社デジタルポケット代表の原田康徳さんは、親しみやすい口調でこう話し掛けました。
原田さんはプログラミング言語を研究する工学博士で、NTT基礎研究所(当時)時代の2003年に、子供向けプログラミング教育ソフト「Viscuit」(ビスケット)を開発した人です。2年ほど前から交流のある松田孝校長が連絡を取り、「Viscuit」を活用した授業をしてほしいと打診したことから、今回の授業が実現しました。
「コンピュータを粘土のように」がキャッチフレーズの「Viscuit」は、ダブルクリックなどの面倒な操作が一切なく、小さな子供でも感覚的に操作することができます。特徴は、円を2つつなげた「メガネ」というツール。指で描いた図形などをメガネの左の円に入れ、それが変化した図形を右の円に入れると、指示したように図形が動くようになっています。「プログラミング」という言葉も数字も一切使わず、まるで粘土遊びをするかのように、楽しみながらプログラミングの基礎を理解することができます。
まず、1つ目のメガネの左の円に卵の絵とタップマークを入れ、右の円に卵が割れた形の絵を入れます。次に2つ目のメガネを出し、左に先の卵が割れた絵をコピーし、右に割れた卵からヒヨコが出てくる絵を入れます。すると不思議、画面上の卵をタップすると卵が割れ、ヒヨコが出てくるではありませんか! 3つ目のメガネには、左の円の右下寄りにヒヨコを置き、右の円には左上寄りにヒヨコを置くと、出てきたヒヨコが左上方向に動いていきます。命令すれば、その通りに動く。メガネ=命令をたくさん積み重ねるのがプログラミングなのだ。子供たちは、そんなことを体感できるのです。
「これ、どうやってやるの?」「わぁ〜できた! 見て見て!」「面白い! 触っていないのに動くよ!」
「ねぇ、○○くんの、すごいよ!」
子供たちの間では、自然と対話が弾みます。
「みんなの周りにあるコンピュータが、プログラミングで動いているのは知ってる?」
原田さんがそう問い掛けると、子供たちから「知ってる!」と返事が返ってきます。
「すごいコンピュータには、メガネが100万個とか入っているんだよ」
そう話すと、子供たちはきょとんとした表情に。原田さんは「大事なことは、100万個のメガネを根気強く作ることです」と話し、授業を締めくくりました。

p130_2画面の操作方法について説明する原田さん。

 

政府の成長戦略を受けて
急遽“必修”に

プログラミング教育をめぐっては、2014年11月から中央教育審議会で始まった学習指導要領の改訂論議の中で、中学校の技術・家庭科(技術分野)や高校の情報Ⅰ(仮称)で充実させるという方針が固まっていました。そんな中、2016年4月、政府の成長戦略(日本再興戦略2016)の中心に第4次産業革命が据えられる見通しになったことを受けて、小学校でも必修化されることが決定。5月に中教審とは別に「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」を立ち上げ、6月には「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)」を公表すると、早速8月の中教審教育課程部会報告「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめについて」に盛り込まれました。
急な展開だったこともあり、プログラミング教育のための特別な時間を設けるまでには至らず、「審議のまとめ」では、学校の実情に応じて「教育課程全体を見渡し、プログラミング教育を行う単元を位置付けていく学年や教科等を決め、地域等との連携体制を整えながら指導内容を計画・実施していく」とされました。総合的な学習の時間をはじめ、算数、理科、音楽、図画工作など、どの教科のどの学年で何時間行うかは、各学校の裁量に任されることになります。
そうした扱いは、実は、プログラミング教育の本質にも合致している側面があります。「プログラミング教育とは、子供たちに、コンピュータに意図した処理を行うよう指示することができるということを体験させながら、将来どのような職業に就くとしても、時代を超えて普遍的に求められる力としての『プログラミング的思考』などを育むことであり、コーディング(編注=プログラム言語の記述)を覚えることが目的ではない」(有識者会議「議論の取りまとめ」)からです。
有識者会議のヒアリングでも、AIの専門家は、日本の算数・数学でやってきたことがそのままプログラミング教育として通用すると指摘していました。
あとは、実際にプログラミングを体験する単元を設定し、それをカリキュラム・マネジメントにより教育課程を有機的に連携させて、「将来どのような職業に就くとしても、時代を超えて普遍的に求められる『プログラミング的思考』など」(中教審「審議のまとめ」)を育めばよいわけです。
それでも小学校教員の一部には、情報教育そのものに対する苦手意識や、教科の内容をこなすのが精一杯だという抵抗感もあって、プログラミング教育に尻込みする雰囲気があることも事実です。
そうした中、プログラミング教育を機に「授業実践革命」を起こそうと意気込んでいるのが、同校の松田校長なのです。

p129タブレット端末を操作する2年生の児童。プログラミング言語を知らなくても,感覚的に操作できます。

 

松田校長が率先して導入
足りなければアイデアで調達

同校の校長室に入ると、自席のデスクにも打ち合わせ机にもプログラミングで動くロボットが所狭しと置かれています。スマートフォンで操作すると踊り出す市販のBB―8(映画「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」のキャラクター)の模型にも、松田校長がプログラムした振り付けが仕込まれています。
松田校長は、2016年3月まで校長を務めていた多摩市立愛和小学校で、年間15時間のプログラミング教育を実施するなど、この領域で実績を残してきました。
「4月1日、本校に着任してすぐ『総合的な学習の時間のうち20時間をプログラミング教育に充てる』と宣言したのです。新年度の授業計画は決まっていたので、多くの教員は困ったことでしょう。でも、本当は『35時間(週1コマ)』と言いたかったんです」と松田校長は笑いながら話します。
しかし、同校には十分なICT環境が整っていませんでした。そこで松田校長は、総務省の「若年層に対するプログラミング教育の普及推進事業」に応募。7月には実証校の指定を受け、さらには教育クラウド・プラットフォームの導入を進める同省の「先導的教育システム実証事業」の検証協力校にも指定されました。さらには複数の企業との共同研究を進める形で、学習システムとタブレット端末の貸与を取り付けます。こうした実績もあり、9月には高市早苗総務大臣が視察に訪れました。
ICT整備をめぐっては、自治体の財政状況、予算措置などにより、全国的な格差が問題になっています。しかし、「予算がつかない」と嘆いている場合ではありません。ないならばアイデアと人的ネットワークで何とかする。これからの教員に必要になる姿勢を、松田校長自身が体現しています。実際、空き教室にはプログラミング教育用に調達した「ラズベリーパイ」というイギリスで開発された手のひらサイズのコンピュータとともに、3Dプリンターが2台も置かれているなど、限られた予算の中で設備を整えています。
そこまでして松田校長がプログラミング教育に熱心な理由、それは子供たちの将来に必要であるというだけではなく、学校の授業を大きく変える可能性を感じているからです。

p131_1黙々とタブレット端末を操作する子供たち。何時間でも,向き合えそうなほど集中しています。

 

子供たちに将来必要な
資質・能力を高めるために

プログラミングを使った家電などは、私たちの身の周りにあふれています。20年後の社会を考えると、今の小学4年生は30歳の働き盛り。その頃には、オープンになっているプログラムを自分でカスタマイズしたり、欲しいものを3Dプリンターで自作したりすることが当たり前の時代になっている可能性もあります。松田校長は、自身が担当する最初のプログラミング教育の授業で、子供たちにそうした趣旨の問い掛けをすると言います。
そうした認識は、次期学習指導要領の目指す方向性とも一致しています。前出の中教審「審議のまとめ」では、▽子供たちの65%は将来、今は存在していない職業に就く(米ニューヨーク市立大学のキャシー・デビッドソン教授)▽今後10年〜20年程度で半数近くの仕事が自動化される可能性が高い(英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授)▽2045年には人工知能(AI)が人類を超える「シンギュラリティ」に到達する――などの予測を引用。育成すべき資質・能力の3つの柱に基づき、変化を柔軟に受け止めて感性を豊かに働かせながら未来を創っていく「人間の学習」を目指し、AIに“使われる”のではなくAIを“使いこなせる”人間を育てようとしています。アクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び:AL)も、そのための手段なのです。
松田校長自身は、昔からICTに関心があったわけではありません。以前、上越教育大学の大学院に現職派遣された理由も、研究教科である社会科で、授業の名人たちが積み上げてきた教育実践を極めるためで、学校にパソコンが普及しても、特に興味が傾くことはありませんでした。転機となったのは2012年。Wi-Fiとタブレット端末で、大型モニターに無線でミラーリングできる技術を目の当たりにした時、「これは使える。授業が変わる」と直感し、1人1台環境の整備に走り回ったそうです。
「(約20年後の)2035年を考えると、IoTやAIの時代になることは間違いありません。そのための学習の基盤となるのがICTです。子供たちには、進化する技術に対応する力を身に付けるとともに、畏怖の心も感じてほしい。そのきっかけを作ってくれるのも、プログラミング教育なのです。」
松田校長は今、プログラミング教育が、授業自体をも変える可能性を感じています。例えば小学生が集中力を持続できる時間を考え、1コマ45分という授業時間を設定しているのに、プログラミング教育では90分間でも集中して取り組めます。松田校長は、そこに受け身の「勉強」から主体的な「学び」への転換を感じ取っています。それはまさに、ALが目指す学びの形を引き出すものです。

p130_11台のタブレット端末に集まる児童たち。自然と対話も生まれます。

 

“授業が変わる”具体例として、教材提示の方法があります。例えば、算数の四則計算。今まで数直線の座標軸で示していましたが、ブロック玩具の自走ロボットをプログラミングで動かせば、タイヤの直径と距離から回転数を割り出し、任意の場所にストップさせることができます。そんな可能性を秘めているからこその“授業実践革命”なのです。
「来年は3年生以上で各100時間、プログラミング教育を導入したいですね」と松田校長は言います。ICT機器の操作方法は総合的な学習の時間で集中的に身に付け、各教科では当たり前のようにプログラミング教育を行う。まさに授業実践革命の第一歩です。
松田校長は、これから教員になろうとする人に「確かな時代認識をもってほしい」と言います。近年、若手の先生は真面目な一方、既存の枠組みをはみ出さず、先例を“なぞる”ことに終始してしまいがちだと指摘します。
「いつまでもプリントを作ってマルを付ける“多忙感”を教員のアイデンティティにしていてはいけません。授業を変えるのは、子供たち(の姿)なのです。」同校の屋上には、屋上菜園があります。生活科や理科での活用にとどまらず、いずれは水やりをIoT化するなどして、ICT教育にもつなげていきたいと松田校長は考えています。
「珍しい野菜を栽培して近所のレストランに売って『稼げる公立学校』を作りたい。そんな思いも持っています。」
こうした柔軟な発想は、「変化を前向きに受け止め、私たちの社会や人生、生活を、人間ならではの感性を働かせてより豊かなものにしたり、現在では思いもつかない新しい未来の姿を構想し実現したりしていくことができる」(中教審「審議のまとめ」)子供を育成する、これからの教員に必要な資質・能力なのかもしれません。

p131_2ブロック玩具の自走ロボットを使った四則演算について説明する松田校長。

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