教職感動エピソード

Vol.20 涙の呼名 

中野 敏治(神奈川県公立中学校長)

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卒業式の朝

卒業式の朝も彼女は来ていませんでした。2年生の時、私のクラスに転入してきた彼女。前の学校でいじめを受けて不登校になり、私の学校へ転入してきたものの、やはり休みがちとなり、再び学校に来られない日々が続くようになりました。

卒業式当日の朝の会が終わったとき、クラスの生徒たちが私に駆け寄り「彼女を迎えに行こう」と言ってきました。しかし、迎えに行くにはあまりにも時間がありません。

「いつ彼女が来てもいいように、準備をしておくから。もし、卒業式に来られなくても、必ず今日、みんなと同じ会場で彼女の卒業式を行うから。」

私はそう、クラスの生徒たちに話しました。

彼女のことを思いながら、生徒たちは廊下に並び、卒業式の入場の準備を始めました。時間は刻々と過ぎていきます。一人一人、さまざまな思いを胸に抱きながら、教室前の廊下を歩いて式場へと向かいました。彼女のことが気になり、式場へ向かう途中で、窓の外を見る生徒もいます。

家庭訪問を繰り返してきた2年間。彼女は一度も玄関に顔を出すことはありませんでした。私は行くたびに、部屋にいる彼女に聞こえるように、あえて大きな声で母親と話をしました。それでも会えない日々が続き、時には電話もしてみました。でも、彼女と話をすることはできませんでした。手紙も書いてみましたが、返事はありませんでした。

いじらしくも、服装を乱して…

2年生も終わりに近づいた頃、長く学校に来てなかった彼女が、遅刻をしながらも登校して来たことがありました。とても嬉しかったのですが、久々に彼女の姿を見たとき、私は素直に喜べませんでした。髪を染め、スカートを短くし、アクセサリーを一杯つけて来たのです。

私は今まで、彼女のそんな格好を見たことがありませんでした。その姿を見たとき、私は察しました。こうまでしないと彼女は登校できないのか…と。そのいじらしい姿を見て、なぜか涙が出そうな思いがしました。

私は自らの判断で、彼女を家に戻しました。

「家に帰って着替えてきなさい。」

クラスの生徒はみんな、彼女が学校に来たことを喜んでいましたが、そんな彼女を私は家に戻してしまったのです。誰しもが、彼女が学校に来ることを望んでいたにもかかわらず…。私の行動に、クラスのみんなは驚きました。

私は、クラスの生徒たちに、自分の気持ちを伝えました。

「彼女が今日、登校してすごく嬉しかった。きっとみんなの思いが伝わったんだと思う。それなのに彼女を帰してしまってごめん。でも、彼女が登校するときは“彼女らしく”もっと肩の力を抜いて登校して来てほしいんだ。きっと彼女は、あのまま学校にいても疲れてしまう。もっと“彼女らしさ”を大切にしたいんだ。」

生徒たちは分かってくれました。

その日の夕方、私は彼女の家を訪ねました。彼女は母親に「学校に行ってみんなの顔を見られて嬉しかった。でもちょっと疲れたよ。やっぱり先生に、この格好を注意されたよ」と話していたそうです。彼女は分かっていたのです。

彼女のいない卒業式

司会者の「卒業生入場」の言葉が式場に響きました。その声とともに、卒業生が一人また一人と式場へと入っていきます。私は彼女の胸花を自分の胸に付け、式場へと入りました。

彼女の席が空いたまま、式は進んでいきます。はじめの言葉、校長先生の話、来賓の挨拶、そしてとうとう卒業証書授与。

卒業生に卒業証書が渡され、式歌を歌い終えた時、体育館のドアが開きました。そこには、彼女の姿がありました。彼女は、体育館の中央まで走ってきましたが、自分の席がどこにあるのか分かりません。私は彼女に駆け寄り、席まで導きました。クラスの生徒も、彼女の姿に気付きました。

修学旅行を欠席した彼女に、クラス全員で京都から手紙を書いたこと。彼女の誕生日に、教室に彼女がいなくてもみんなが彼女のために歌を歌ったこと。毎日、帰り道に生徒たちが彼女の家を訪ねたこと…。彼女を席に誘導するまで、私の頭の中にたくさんのことが思い浮かびました。

彼女が席についた後、私は自分の胸から胸花をはずし、それを彼女の胸につけました。まるで、式場の時間が止まったかのようでした。私も生徒たちも、涙で声を出すことができませんでした。職員席に戻ろうとした時、彼女が「先生、ありがとう」と言いました。私は心が震え、声を出すこともできませんでした。

職員席に戻った私に、学校長が小さな声で「彼女に卒業証書授与するから、いいね」と言ってくれました。私は涙が溢れ、「はい」という返事すらできませんでした。私は再び彼女のもとへ行き、「今から、卒業証書授与するから。いいね」と涙声で伝えました。彼女は「はい!」としっかり、はっきりとした声で返事をしました。

司会者が式場に響くように「ここで、もう一度卒業証書授与を行います」と伝えました。

「平成○年度卒業生○○○○」

彼女の名前を呼ぶ私の声は、涙で声になりませんでした。でも、彼女は「はい」と返事をし、クラスメイトが見守る中ステージに上がり、卒業証書を受け取りました。クラスみんなが泣いています。来賓も保護者も職員も、みんな泣いています。

先生のクラスで幸せだった

卒業式が終わった後、グラウンドで在校生が列を作って卒業生の見送りをしてくれました。私は在校生の列の最後のところにいて、卒業生を待っていました。やがて、卒業生が在校生一人一人にお別れを言いながら、その列を歩いて来ました。そして最後に、私と握手をしていきます。その列の中に、彼女の姿がありました。彼女は私を見つけるなり、走り寄って来ました。そして、「先生…」と言いながら、抱きついてきました。

家庭訪問に行っても、会うことができなかった彼女。クラスの生徒が贈ってくれた私への色紙に、彼女はこう書いていました。

「先生のクラスで幸せだった。」

(中野敏治著『熱血先生が号泣した!学校で生まれた”ココロの架け橋”』を基に作成)

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