カリスマ教師の履歴書

File.20 熊谷 雅子先生(東京都文京区立第九中学校)

自分で心と身体の健康をつくれる生徒に育てたい
その思いがさまざまな取り組みの原動力に

養護教諭として、生徒はもちろん、保護者の顔と名前も覚え、円滑なコミュニケーションに生かしているという熊谷雅子先生。困ったときに相談しやすい関係を作りつつ、目指すのは「保健室を必要としない生徒に育てること」と言います。そんな熊谷先生に、養護教諭になった経緯、仕事への思いなどをうかがいました。

 

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文・平野 多美恵

どの母親も願いは一つ子供の健やかな成長

熊谷先生は、大学卒業後、ユネスコに関係する国際協力団体に就職し、発展途上国の教育支援に携わった経験の持ち主です。3年間勤務する中で、「日本の教育現場に携わりたい」との思いを強くしたと言います。国や環境に関係なく、子供が健やかに育つことを願っている母親の姿に触れ、「子供の心と身体の健康をつくる手伝いがしたい」と考えるようになり、養護教諭になることを決意しました。国際協力団体を退職後、改めて専門学校に通い、養護教諭の免許を取得。その
後、東京都荒川区の中学校に採用され、念願の養護教諭となりました。しかし、着任当初は分からないことだらけで苦労をしたと言います。

「講師経験もなかったので、前任の養護教諭の先生に分からないことがあると電話するなどして助けてもらっていました。前任の先生は、自分自身も異動直後で色々と大変だったに違いありませんが、自身の異動先の学校の電話番号を机に貼り、『いつでも電話してきなさい』と言ってくださいました。とても助かりました。」

熊谷先生は初任時、不登校だった3年生の生徒が保健室登校を始めたことが忘れられないと振り返ります。最近は、スクールカウンセラーや支援員などを含む全校体制で不登校児童生徒の支援を行うようになりましたが、当時は保健室が受け皿となるケースが少なくありませんでした。熊谷先生は、その子を教室で授業が受けられるようにして卒業させ、高校進学へつなげたいと考えて、計画を立てていました。そして、当初は計画通りに進み、順調にステップを踏んでいくことができていました。

ところがある日、その生徒がトイレに入ったきり、出て来なくなってしまったのです。

「生徒のペースではなく、『3月までに、普通に登校できるようにしたい』と願う私のペースでした。一つできるようになるとすぐ次のステップを要求され、辛かったのでしょう。本人をよく見ることの大切さを教えられました。」

 

自分で判断する力を持つことが自立への第一歩

現在、熊谷先生は集団指導として授業を行っており、1年次に歯科指導やコミュニケーション、3年次にストレスマネジメントや性などを扱っています。1年次に歯科指導をするのには、理由があります。食事や快適な生活環境など、周りの大人に助けられて自分の健康を維持している中学生ですが、歯磨きは自分一人で行う健康管理です。それをしっかりやることが自立への一歩につながると考えているからです。

また、生徒に対しては「保健室のいらない生徒になって卒業してほしい」と伝えています。「体調が悪いときやけがをしたときの対処と予防法を知るとともに、病院に行くのか、保健室で休むのか、早退するのか、自分で判断し、決められる力を身に付けてほしいのです。」

こうした指導に加え、1学年に所属し、学年集会で話をしたり、校外学習に随行したりして、生徒と接する機会を増やし、3年間のつながりの土台づくりを心がけます。校内でも挨拶やちょっとした声掛けをして、生徒が「困ったことがあったら相談しようかな」と思える雰囲気づくりに努めています。

保護者との関係づくりも積極的に行っています。保護者会ではなるべく受付を担当して顔と名前を覚え、「この前のけがは大丈夫でしたか?」「先日の作文の発表、頑張っていましたね」などと声を掛けます。

「保護者の皆さんは養護教諭が我が子のことを知っていることに驚くようですが、声を掛けることで『実は先日…』などと相談をしてこられるケースも少なくありません。思春期は、生徒にも保護者にも悩みや課題が発生しがちです。そういうときにこそ、相談に乗れる養護教諭でありたいですね。」

こうした取り組みが評価され、熊谷先生は平成26年度に東京都教育委員会職員表彰を、平成27 年度には文部科学大臣優秀教職員表彰を受けました。しかし、赴任した学校の状況によって、養護教諭に求められる役割や保健指導の内容は変わってくると言います。

「現任校は生徒が活発に委員会活動に参加するなど非常に恵まれた環境にあります。先生方の協力もあり、さまざまな指導に取り組めたことで、表彰されることとなりました。しかし、大切なのは“表彰される指導”ではなく、各学校の状況に応じた取り組みを行うことです。」

 

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生徒が活躍している姿を見ることが多忙な毎日の活力源

熊谷先生は、養護教諭になりたての頃から、研修の機会があればできるだけ参加するようにしていると言います。養護教諭の場合、初任者であろうと一人で学校保健を担い、責任の重い仕事が任せられるケースが多いからです。また、社会の変化に伴い、学校を取り巻く環境も変わり、養護教諭として知っておくべき事項も次々と新しくなっていきます。実際、「湿潤療法」「発達障害」「LGBT」など、熊谷先生が養護教諭を目指していた頃にはなかった言葉や概念が、今では当たり前の知識や技能になっています。常に学ぶ姿勢を持ち、新しい情報を自分なりに吟味しながら仕事に生かしていくことが求められているのです。

責任感と学ぶ姿勢を持ち、人と関わることが好き――そんな人が養護教諭に向いていると熊谷先生は言います。

「心身ともにたくましさがあるといいですね。養護教諭に限らず、教師は人生のさまざまな経験を生かすことができる仕事です。私も、出産、育児を経験したことで保護者の気持ちがよく分かるようになりましたし、その経験は生徒に接する上でも生きています。」

とはいえ、子供が小さい頃は育児と仕事の両立がとても大変で、何度も辞めようと思ったと言います。

「1学期は新入生の名前を覚えたり、健康診断があったりと、やることだらけで休憩する時間もないほど大変です。でも、元気がなかった生徒が元気になり、教室や行事で活躍する姿を見ると『また頑張るぞ!』という気持ちになります。」

その時々の状況に柔軟に対応しながら、生徒が自身の力で心と身体の健康をつくっていけるよう支援していきたい――熊谷先生は、今後の抱負をそう語ってくださいました。

 

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Profile
熊谷雅子(くまがいまさこ)
1971年6月7日生
1994年3月 大学卒業
1994年4月 国際協力団体に就職
1997年3月 退職
1997年4月 専門学校入学
1999年4月 荒川区立道灌山中学校赴任
2001年4月 荒川区立諏訪台中学校赴任
2010年4月 文京区立第九中学校(現職)

座右の銘

Love & Health
趣味

ヨガ、映画鑑賞、息子のサッカー応援

 

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