教職感動エピソード

Vol.19 みんなは僕の命の一部

大庭 正美(北九州市教育委員会指導部長)

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T君の「チャレンジ100キロ」

小学校の教師として15 年が経過した頃、私は市内の少年自然の家に異動しました。そして、そこで「第10 回チャレンジ100 キロ」の隊長を任されました。

当時、市内には少年自然の家をはじめ、全部で5カ所の社会教育施設があり、それらが共同で取り組む事業がありました。その一つが「チャレンジ100 キロ」です。

この事業は、市内の小中学生約80 名を募集し、高校生や大学生、一般成人のボランティア約30 名と合わせて総勢110 数名で隊を編成し、春休みに4泊5日をかけて市内の山々を登りながら100 キロを歩くというものです。その催しに、T君という一人の中学生が応募してきました。

T君は目が不自由で視覚特別支援学校に通っており、薄暗くなるとほとんど周りが見えなくなるような生徒でした。本当に最後まで歩き通せるのか心配でしたが、視覚特別支援学校では陸上競技などの経験もあり、大丈夫という本人の強い意志と学校の先生の判断を信じ、参加を許可することとしました。

1日目、2日目と天気も良く、順調に旅は続きましたが、3日目、市内で最も高い福智山登山の日になり変化が起きました。天候が急変し、激しい風雨に見舞われ、最悪の状態になったのです。山道は夕方のように薄暗く、T君にとってはまるで周りが暗闇のようになってしまいました。しかも、山道ですから岩や切り株などがあり、おまけに雨で滑りやすく、まったく普通に歩ける状態ではありません。お昼の弁当も、雨の中、立ったまま食べざるを得ないというありさまでした。

それでも数時間歩き続け、いよいよ山頂が間近になりました。それまで何とか付いてきていたT君でしたが、もう限界でした。このままT君のペースに合わせて歩いていくと、全員が明るいうちにゴールできなくなりそうです。悩んだ末、T君を本隊と切り離して歩かせることにしました。T君のサポートには特別にスタッフを5人ほど付け、遅れて進むようにしました。

やっと山頂を越え、下りになりました。相変わらず激しい風雨が続いています。足元がつるつると滑って、何度も転び、着ているカッパも泥んこになりました。下りは登り以上に危険だったので、スタッフが交互にT君の靴底に手を添え、一歩ずつ踏み出すところに導きながら下っていきました。スタッフもヘトヘトです。T君も疲れと恐怖に耐えながら、必死に歩きました。

朝8時に出発してから、T君たちがようやくゴールに到着したのは、周囲も真っ暗になった午後7時。本隊から遅れること何と3時間。やっとの思いで辿り着いたT君を、夕食も取らずに待っていた同じグループのメンバーをはじめ、チャレンジ隊全員が大きな歓声を上げて迎えました。

最終日、解散式での代表あいさつで、T君はこんなことを言いました。

「みんなは僕の命の一部だと思う。」

一瞬大げさな表現だと思いましたが、考えてみれば、T君が無事に山道を踏破できたのは、手を添えるスタッフや励ます友達がいたからです。本当に、彼らのことを自分の命を支える仲間だと感じたのでしょう。そう感じたからこそ、日常生活の中では出てこないような言葉がごく自然に出てきたのです。

参加していたスタッフも涙で顔をクシャクシャにしながら、疲れも忘れてT君のあいさつに聞き入っていました。

そして、T 君は最後にもう一言付け加えました。

「…そして、僕だってみんなの命の一部だったのかもしれない。」

実は、同じグループだったメンバーも、目の不自由なT君の頑張る姿に刺激を受け、「くじけられない」という気持ちを強く持っていたのです。

T君には障害があります。ですから、健常者のように活動できないときがあります。それを支えるのは周りの仲間です。しかし、その関係は決して一方的なものではなく、双方向の、互いに支え合う関係なのです。〈支えている〉と思っていた側も、実は〈支えられている〉と気が付くのです。そんなことを実感することができた「チャレンジ100 キロ」となりました。

「チャレンジ100キロ」その後

その後、T君は学校に戻って、先生や友達に自らの体験を語ったようです。その体験談に感銘した先生の勧めもあり、学校代表として県の弁論大会に出場しました。「みんなは僕の命の一部。そして、僕もみんなの命の一部だったかもしれない」と語り、見事入賞を
果たします。「チャレンジ100 キロ」でのT君の気付きが価値あることとして広く認められたのです。

一方、隊長であった私は、それから何年か経ち、ある小学校の校長となりました。初めての卒業式で、どうしてもこのT君のエピソードを校長式辞の中に盛り込みたいと思っていました。そして、そのとき実感したことをもとに、次のようなメッセージを卒業生に送りました。

 

みなさん、人間は一人では生きていけません。必ず支え合ってしか生きていけないのです。このT君のように、友達や周りの人たちが自分の命を支え、そして自分も周りの命を支える役目を果していることをぜひ知っておいてほしい。みなさんはこれから中学校生活という新たな旅に出ます。仲間を大切にしながら、一歩一歩着実な歩みを続ける立派な中学生になってください。

 

さらに、後日談があります。

T君と同じグループに中学1年生のM君がいました。M君もT君との4泊5日の交流を通じ、影響を受けた生徒の一人です。高校生になると、彼は少年自然の家のボランティアとして活動します。そして、大学入学とともに、小学校の先生を目指しました。

時が過ぎ、念願が叶い小学校の先生となったM君の結婚式。招かれた私へのメッセージカードには、「チャレンジ100 キロの先に、今の自分があります」と書かれていました。ボランティアになったことも、小学校の先生になったことも、「チャレンジ100 キロ」でのT君との出会いとつながっていたのです。

4泊5日の間、T君には山々の様子やさまざまな光景はほとんど見えなかったはずです。しかし、彼が感じたこと、私たちに見せてくれたことは、関わった多くの人々の中に、これからもずっと鮮明に生き続けていくのでしょう。

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