カリスマ教師の履歴書

File.17 佐藤 洋子先生(千葉県立桜が丘特別支援学校)

人差し指の先から世界は広がっていく

「障害」と,どう向き合うべきか。特別支援学校の教員として,その問題に真正面から取り組み,子供たちと一緒に明るく困難を乗り越えてきた佐藤洋子先生。障害を抱える子供たちとの日々を語っていただきました。

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文・澤田 憲

 

キレイな絵を描く隣のクラスの子供たち

廊下に貼られた大きな学校新聞を見て立ち止まっていると,「ああ,これはショッピングモールにみんなで買い物に行ったときの記事ですね」と佐藤先生が懐かしそうに言いました。記事には「完食!」というデカデカとしたコピーとともに,きれいに平らげたカレーライスの皿を持って,ニコっと微笑む少年の写真が載っています。5~6歳の子供の身長くらいもあるこの大きな学校新聞は,担任の先生の自作なのだそうです。なんだかアイドルのポスターみたいですね,と言うと,佐藤先生は車椅子に乗った少年の写真に視線を向けたまま「ね,かわいいでしょう?」と,柔らかな表情を浮かべました。

佐藤先生が勤める千葉県立桜が丘特別支援学校は,身体に障害がある子供たちのための学校です。病気や事故など,さまざまな理由から肢体不自由を抱える子供たちを対象に,小学部,中学部,高等部と,12 年間の一貫した特別支援教育を実践しています。現在は,全部で169 名の児童生徒が在籍しているそうです。同校で副教務を務める佐藤先生は,大学卒業後から30 年以上にわたり特別支援教育に携わってきました。体に不自由を抱える人の支えになりたい――そんな気持ちが芽生えたのは子供の頃,地元・熊本の小学校に通っていたときだと言います。

「私が通っていた小学校には,当時としては珍しく特殊学級(現・特別支援学級)があり,障害のある児童と自由に交流できる環境がありました。双方の担任の先生が,同じ仲間として生きていくということを教えてくださいました。」

“隣のクラスのお友達”として分け隔てなく接する中で,佐藤先生は障害のある子供たちの豊かな可能性を感じたと言います。

「でも,私の中で一番印象に残っているのは,彼らの描いた文章や絵が,あまりにも美しかったということです。『どうしてあの子たちはこんなにキレイな絵を描けるんだろう』という強い感動から,もっと彼らのことを知りたいと思いました。それが,今の仕事につながっています。」

レモンの香りで“私”のことを知ってもらう

桜が丘特別支援学校では,障害の程度に応じて教育課程が用意されています。佐藤先生は赴任当初から,障害の最も重い子供たちを指導してきました。

「特別支援学校といっても,“自立した社会生活が送れるように子供を育てる”という目的は,通常の学校と変わりありません。ただし,障害の重い子供たちは,音楽・図工・体育の3教科に加え,食事や着替え,排泄などの日常生活の指導や自立活動が学びの主体となります。」

これらの活動は生活の質を向上させるという目的以外に,身の周りの人や物に興味・関心を持って自ら関わろうとする態度を育てるといった狙いもあるそうです。

「実際,こちらが声を掛けても表情の変化や反応が分かりにくい子も少なくありません。ただ,外からは分からないだけで,内面にはすごく豊かな感性や言葉を持っているんです。自分なりの表現の仕方を,まだ知らないだけなんですね。」

仮に,私たちが暗闇でじっとしている状態で,“よく分からない何か”が近づいてきたら,恐怖しか感じないでしょう。子供たちに心を開いてもらうためには,まず自分が味方であることを知ってもらうための,地道な努力が欠かせないと言います。

「例えば学級開きでは,必ず『クラスの歌』を決めて,授業前に全員で歌うようにします。同じ目線で体を動かして,楽しい雰囲気を共有していくと,体の緊張が随分とほぐれるんです。また,なるべく同じ色の服を着るようにしたり,必ずレモンの香水をつけるようにするなど,“私であること”を認識してもらうための目印を決めたりもします。」

障害が多様なら,コミュニケーションのとり方も千差万別。「障害のある子供たちが見ている世界は,一人ひとりまったく違うんです。だから豊かで面白いんですね」と,佐藤先生は言います。

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世界につながる扉が開いた瞬間

もちろん,障害のある子供を指導する上では,楽しいことばかりではなく,戸惑いや責任の重さを痛感することも多いそうです。

「頭やお腹が痛くても,それを言葉で訴えることができない子もいます。少しでも様子がおかしいと思ったらすぐに対処ができるように,健康状態については教員全員で常に気を配っています。」

また“障害者であること”を受け止められず,人知れず思い悩む子もいるそうです。

「なぜ他の子にできることが自分にはできないのか。障害を受容するのは簡単ではありません。こればかりは長い時間をかけて,本人と話し合いながら解決していくしかないのでしょうか。」

障害者というだけで,自分の力の及ばない部分で特別扱いされる現実。その苦痛を私たちが共感することは難しいかもしれません。ただ,「彼らの見ている世界をより大きく,広げてあげることはできるはず」と佐藤先生は言います。

「うちの学校では図工の時間に粘土遊びをするのですが,まったく手に力が入らない子がいて,どうすればよいか悩んだことがありました。粘土を渡しても,無表情のまますぐに落としてしまうんです。」

粘土の感触だけでも感じてもらいたい。そう思った佐藤先生は,毎時間,粘土の塊を間にはさんで,子供と自分との人差し指同士で押しっこをを続けたそうです。

 

「10 回目くらいだったでしょうか。私がその子の人差し指を押すと,『あー』と声を上げたんです。他の指では反応がないので,偶然かなと思ったんですが,もう一度人差し指を押すと,やっぱり『あー』と声を出して,こちらを向いてニコリと笑ったんです。」

そのとき佐藤先生は,その子の意識と外の世界をつなぐ扉が開いたように感じたと言います。

「その子にとっては,人差し指に伝わるわずかな感触が,自分と外界をつなぐ接点なんです。私たちにしてみればただの粘土ですが,その子がそのとき触れたのは,まぎれもなく世界の輪郭だったと思います。」

 

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Profile
佐藤 洋子(さとう ようこ)

1956年8月1日生
1982年3月 大学卒業
1982年4月 千葉県立四街道養護学校に赴任
1994年4月 千葉県立袖ヶ浦養護学校に異動
2005年4月 千葉県立桜が丘特別支援学校に異動(現職)
2010年度 千葉県教育奨励賞 受賞
2011年度 文部科学大臣優秀教員表彰 受賞

座右の銘
「子どもみたいであることの力 ~円満なしたたかさ 無邪気な冷静さ~」

趣味
読書,山登り

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