カリスマ教師の履歴書

File.17 三保 朋子先生(神奈川県海老名市立杉久保小学校)

スモールステップで人は生まれ変わる

現在,総括教諭として,新人の先生方の指導やサポートをしている三保朋子先生。人を育てる上で,プロとしての信念を持つ原点となった,ある子供とのエピソードを語ってくれました。

カリスマ 三保先生 メイン

 

文・澤田 憲

 

一歩一歩進んでいった2人だけの放課後教室

「最初は学校の廊下を歩くのもおっかなびっくりの状態でした。周りに誰もいないのを何度も確認してから,そろりそろりと音を立てないように忍び足で歩くんです。他の子供や知らない先生と会うのが,とにかく恐くてたまらないといった印象でした。」

今から10 数年前,A さんと初めて会ったときの印象を,三保先生はそう語ります。当時,神奈川県内の小学校に勤務していた三保先生は,新年度から小学3年生のクラス担任を受け持つことになり,A さんと出会いました。

A さんは,いわゆる不登校児童でした。複雑な家庭の事情などにより,入学当初から2年間ほとんど登校できず,次第に校内に入ること自体に恐怖を感じるようになってしまったそうです。

「4月の最初に前年度の担任から,『たぶん(通うのは)難しいと思います』と言われました。でも担任として,A さんにできる限りのことはしてあげたい。そのためにA さんのことをもっと知りたいと思ったんです。そこでまずは『先生と交換ノートをやってみない?』と誘ってみました。」

A さんがノートに書いてくるのは,いつもほんの1~2行。それでもノートを通じて繰り返し会話を続けることで,少しずつA さんの気持ちにも変化が表れてきたそうです。

「本が好きで,図書室に行ってみたい気持ちがあると分かったんです。そこで子供たちがいなくなった放課後を狙って2人で図書室に行き,読みたい本を探しました。彼女が借りたのは,シリーズものの物語。1冊読み終わると,もう1冊読みたいとなって,そのうち毎日,放課後の学校に来てくれるようになりました。」

相変わらず人と会うのは難しい状態でしたが,それでもA さんができることは少しずつ増えていきました。今日は教室に入ってみる,明日は自分の机の椅子に座ってみる,明後日は机の中に道具箱を入れてみる――。

そうやって,2人だけの放課後授業は,少しずつ前に進んでいったのです。

 

小さな成功体験の積み重ねが大きな成長をもたらす

当時のことを振り返り,三保先生は「『スモールステップ』の手法がうまくはまったのでは」と語ります。

「これは私の学級経営の理念でもあるのですが,大きな目標を達成するためには,そこに至るまでの道筋や課題をできるだけ具体的に示してあげる必要があります。いきなり大きな目標にチャレンジさせても,失敗したり途中で投げ出したりして,かえって挫折感を深めてしまうことにもなりかねません。少し頑張ればクリアできそうな“小さな目標”を一つひとつ丁寧に達成していく。その積み重ねが,やがて大きな成長や変化を子供たちにもたらすような気がします。」

三保先生とA さんの二人三脚による“小さなチャレンジ”は,夏休み以降も続けられました。その頃になるとA さんは,放課後の教室で教科学習にも取り組むようになりました。漢字や算数のドリル,リコーダーの練習など,基礎的な学習を繰り返すことで,勉強に対する苦手意識を克服していったそうです。

「学校に来て,ちゃんと勉強できた日は,黒板の隅に『正』の字を書いていくことを始めました。はじめは一本の線でしたが,次第に『正』の文字が増えていくと,クラスの子供たちが気付いて『これなあに?』って聞いてくるんです。『それはA さんが学校に来られた印なんだよ』と私が言うと,いつしか子供たち『正』の字が増えるのを楽しむようになりました。」

こうして,直接顔を合わさずとも,A さんとクラスの子供たちの間につながりが生まれ,A さんを応援しようという雰囲気が作られていきました。

「A さんに限らず,人が成長するためには,やはり『達成感』が不可欠です。そのためには,自分の歩みを“目に見える形”にすることが大切でしょう。『正』の文字だけでなく,解いたプリントをファイルに挟んでいくだけでも構いません。そのファイルの厚みと重みが増すごとに,『自分もやればできるんだ』という自己
肯定感が育まれていくのだと思います。」

その後,運動会や秋の遠足といった行事を見学にくるようになり,少しずつ明るい表情を見せるようになったA さん。そして交換ノートを始めてから8カ月目の冬の日,子供たちに連れられて,ついに教室に入ることができたのです。

「すごく嬉しかったです。初めはあんなに怯えていたA さんが教室でクラスの子供たちと話しているのを見たとき,『この仕事をやっていて良かった』と心の底から思いました。」

 

カリスマ 三保先生 サブ1

 

子供たちの“静かな心の声”にじっと耳を傾ける

その後,三保先生は,A さんとの交流の経験を活かして,教育相談コーディネーター※として子供たちが抱えるさまざまな問題の解決に取り組んできました。

「クラスの中には,じっとしていられないなど,教師の目に止まりやすい,“支援を必要としている子”だけでなく,困っていることを口に出せなかったり,なぜ自分が辛い思いをしているのか,原因が自覚できていなかったりする子も割と多くいるものです。そうした“静かに困っている子”も見落とさないよう,注意深く観察することを心掛けています。」

子供たちの辛さを取り除くためには,保護者や担任との連携が欠かせません。そこで,子供の状況や今後の課題,そこに向けた取り組みなどを記入する支援シートを用意し,いつでも情報共有が図られるような体制をつくったそうです。

「ここでもやっぱりスモールステップなんですね。支援シートに書かれている取り組みの一つひとつは地味なものですが,それらを積み重ねていくことで,周囲の大人たちの応援する気持ちが,少しずつ子供の心にも響くようになるのだと思います。」

ここぞという場面で,子供の背中をポンと押してあげるためには,日頃の地道な努力が説得力を持つという三保先生。忙しい日々の合間に,子供たちの様子を眺めたり,話す時間をつくったりすることで,人知れず悩みを抱える子の“声なき声”も聞けるようにしたいと語ってくれました。

 

カリスマ 三保先生 顔2(補正)

 

Profile
三保 朋子(みほ ともこ)
1956年11月19日生
1979年3月 大学卒業
1979年4月 神奈川県内の小学校に赴任
以後,5校の小学校を歴任
2013年4月 神奈川県海老名市立杉久保小学校に異動

座右の銘
今  ここ
趣味・特技
バイオリン

教育データ対策 これ一冊でいっき解決! 3ステップ過去問分析の進め方 教員養成セミナーのご紹介 教セミLine@ 教員採用試験対策サイトへ

最新号のご案内