教師の本棚

『世界から猫が消えたなら』

P135

川村 元気=著
2014年/小学館文庫
¥620+税

この世から“消えてほしくないもの”は何?

遠江 久美子(東京都町田市立鶴川第二中学校教諭)

この小説は余命宣告を受けた男の最後の1週間を描いた不思議な話です。母親が残した1匹の愛猫と暮らす郵便配達員の主人公は、脳腫瘍により余命わずかだと医者に宣告されます。その日、彼のもとに悪魔が登場し、奇妙な取引を持ちかけてきます。「この世界から何かを消す。その代わりにあなたは1日だけ命を得る」と。彼は生きるために消すことを決意します。電話、映画、時計…。これらが消えるごとに1日ずつ命を延ばしますが、消えたのは“物”だけではありませんでした。大切な人とのつながり、大事な思いなども消えてしまったのです。

この小説を読み、私は逆に“一番消えてほしくないもの”とは何だろうと考えました。そして、教師としての私は、少しの迷いもなく“担任”だと思いました。担任をしていない自分を想像することができないからです。担任をすれば生徒に反抗されてくじけることもありますし、クラスで意地悪や仲間割れなどが起きると、ため息しか出てきません。でも、生徒は突然変異を起こすものです。そして、その変化は何かが起こらないと全く分からないのです。

私が父を亡くした時のことです。憔悴しきって久々に登校した私は、朝のホームルーム終了間際に、生徒から「先生に渡したいものがある。泣くなよ。泣くのは卒業式まで取っておけよ」と言われ、クラス全員分のメッセージカードを受け取りました。1番上のカードには「先生が悲しい時は、僕達も悲しい」とありました。ずっと張っていた気持ちがスーと抜けて、涙が雨のしずくのようにポロポロと落ちていきました。私はクラスの生徒に救われたのです。人は失って、初めて気付くことがなんと多いことか。私も父を失って、初めて父の生きる苦しみを知りました。

私は出会った人、出会ったこと、出会ったものを自分という小さな器に全部しまってしまいたい衝動にかられる欲張りな教師です。私の中で「何も消えてほしくない」と心が叫んでいます。私は悪魔との取引には応じないでしょう。この本を閉じる時、タイトルがあなたを優しく包みます。

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