映画・ドラマに学ぶ教育の本質

「海難 1890」

2015年/日本・トルコ/132分
監督:田中 光敏
出演:内野聖陽,ケナン・エジェ,忽那汐里 他

©2015 Ertugrul Film Partners

 

日本とトルコの友好 その源にある2つの歴史的出来事

吉田 和夫(玉川大学教師教育リサーチセンター客員教授/教育デザイン研究所代表/元東京都公立中学校長)

今回は、日本とトルコ共和国との合作映画「海難1890」をご紹介します。2015年に、日本トルコ友好125周年を迎え、それを記念しての合作映画です。

トルコと日本は約9,000kmも離れており、あまり縁がなさそうに思えます。しかし、この2つの国には長きに渡る交流の歴史があるのです。加えて、トルコ語と日本語は、言語形態学的に見て同じウラル・アルタイ語系に属し、構造や文法が似ています。言語構造は長い歴史の中でも変化しにくいものであり、ゆえに両国はいわば親類であり、思考や考え方に似ている部分があります。トルコ国民は今も親日的ですが、その背景にはこうした言語構造の類似性があるのかもしれません。

日本とトルコの友好が「125周年」というのは、ある歴史上の出来事が起点となっています。本作は、その出来事と知られざる物語を描いたものです。

今から125年前の1890年、遙かトルコから軍艦「エルトゥールル号」に乗り、オスマン帝国最初の親善訪日使節団が日本に到着しました。9月、使命を終えた使節団は帰路につきますが、その途中、和歌山県串本町沖で台風に襲われ、座礁・大破してしまいます。乗組員618人が海に投げ出され、500名以上が犠牲となります。そんな中、岸壁に集まった住民は「遭難した人はたとえ別の国の人であっても、必ず助ける」という思いの下、荒れ狂う海へ身を投げ出し、命がけの救助活動を行います。そして、救い出したトルコ人を小学校に運び込み、わずかしかない食糧や衣類を提供します。その甲斐あって69名の命が救われ、その後、無事にトルコへと帰還します。この出来事により、日本との絆は、深くトルコの人々の心に刻み込まれます。

時は流れ1985年、イラン・イラク戦争が勃発します。イラク軍がイランに対して無差別攻撃宣言をしたことにより、世界各国はイランに住む自国民を救出するため、次々と救援機を送りこみます。しかし、日本政府は救援機を飛ばすことが危険と判断し、救助要請に応えられない状況に陥っていました。テヘランに残された日本人は215人。メヘラバード国際空港に集まった人々は、絶望の淵に立たされます。この状況を打開すべく、日本大使館はトルコに日本人救出を依頼します。未だ500人近いトルコ人がイランに残る中、「自国民救出を優先すべき」との声が閣僚から挙がりますが、トルコ首相は長考の末、日本大使館の依頼を受諾することにします。トルコ人が優先されるはずの飛行機になぜ日本人が乗れたのか、映画ではその事実がドラマチックに描かれています。

日本とトルコとの友好関係の源となっているのは、この2つの出来事であると言えます。その壮大な物語は、全ての日本人、そしてトルコ人の心に響くことでしょう。言語的な類似性が必ずしも精神的交流を生むとは限りませんが、似通った思考様式や考え方を持つ両国の友情が、今後も続くようにと願わずにはいられません。

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