学校不祥事の顛末

児童に包丁を向けて「静かにせえ」

【今月の事例】
児童に包丁を向けて「静かにせえ」
A県教育委員会は、児童らに包丁を向けるなどしたとして、同県B市内の公立小学校に勤務する男性教諭を同日付で停職6カ月の懲戒処分にしたと発表した。
県教委によると、教諭は昨年9月頃、担任を務める特別支援学級の児童6人が調理実習で騒いだ際、流し台から刃渡り約16センチの包丁を取り出し、「静かにせえ」と言いながら約3メートル離れた場所から刃先を向け、数日後には同様に1〜2メートル離れた場所から刃先を向けた。さらにはその後、実習で包丁を持っていた児童の手を持って、刃先を自分の腹部に向け「こうやってやるんじゃ。切腹」と言って自分の腹を切るまねをしたという。保護者や市の介助員の指摘で発覚。教諭は「静かになると思って(包丁を)見せた」などと話しており、提出していた辞職願が11日受理された。

 

【法律家の眼】

暴行罪・脅迫罪に該当
“悪ふざけ”では済まされない行為

弁護士 樋口 千鶴(上條・鶴巻法律事務所/東京都教育委員会公益通報弁護士窓口)

 

1 危険な態様の行為

本事案では、特別支援学級の児童に対する以下の3つの行為が問題となっています。

〈行為1〉「 静かにせえ」と言いながら約3メートル離れた場所から刃渡り16 センチの包丁の刃先を向けた行為
〈行為2〉 1〜2メートル離れた場所から同包丁の刃先を向けた行為
〈行為3〉 包丁を持っていた児童の手を持って、刃先を自分の腹に向け「こうやってやるんじゃ。切腹」と言って自分の腹を切るまねをした行為

〈行為1〉と〈行為2〉は、暴行・脅迫に当たる行為です(刑法第208条、第222条第1項)。〈行為3〉は、冗談では済まない危険性をはらむ行為である上、児童の心情への悪影響という意味で言えば、〈行為1〉や〈行為2〉よりさらに悪質だとも言えます。

 

2 男性教諭の言い分

この男性教諭には、「離れた場所から包丁を見せただけ」「冗談のつもりだった」「自分の腹に刃先を向けた。児童に向けたのではないから危険はなかった」などの言い分があるのかもしれません。しかし、そもそも包丁の安全な扱い方を教えるべき調理実習で、こともあろうに児童を静かにさせようとして刃先を向けるなど、冗談でもやってはいけないことであり、教員としてあるまじき行為です。教育的指導にも当たりませんから、行為の違法性が阻却されることもありません。まして、〈行為3〉は悪ふざけを通り越した行為であり、弁解の余地はありません。

 

3 指導力の欠如

子供を静かにさせるため、暴行・脅迫行為という違法行為を利用している点で、男性教諭には指導力が欠如していると言わざるを得ません。
また、〈行為1〉では約3メートル離れた場所から包丁を向けていましたが、数日後には1〜2メートルの場所から包丁を向けているように、危険な行為が繰り返し行われてきたばかりか、〈行為3〉に至るまで、次第に児童との距離が詰まってきています。漫然と違法行為を繰り返し、しかもエスカレートしているという点でも、厳しい処分が下されて当然と言えるケースです。

 

4 特別支援学級での行為という悪質性

特別支援学級の場合、不適切な指導が行われても、児童が被害を訴えることができないことがあります。男性教諭がそれを認識しつつ、「どうせ学校外へばれることはない」などと高をくくって不適切な指導を繰り返してきたのであれば、そもそも特別支援学級で教鞭をとる資格はないでしょう。

 

5 同僚の教員は気付いていたのではないか

本事例では、教員以外の関係者からの指摘により不祥事が発覚しています。もし、同僚の教員は気付いていたけれども、男性教諭をかばっているうちに、〈行為1〉から〈行為3〉までエスカレートしていったとしたらどうでしょう。早い段階で同僚が男性教諭を注意していれば、〈行為3〉に発展することはなかったかもしれません。そうだとすれば、気付いていた同僚の教員にも、責任の一端があると言えるのではないでしょうか。
特別支援学級の場合、児童が被害を訴えることができないケースもあることから、同僚の教員がかばい立てすると、不祥事が容易に隠ぺいされる構造があります。同僚の責任も極めて重いと考えてください。違法行為や不適切な行為を現認したら、適切に対処することは公務員としての義務です。注意して辞めさせる、管理職へ報告し善処を求める、公益通報窓口へ相談するなどの対処をすべきであり、“見て見ぬふり”だけは絶対しないと肝に銘じていただきたいと思います。

 

【教育者の眼】

子供たちにとって
安心・安全な場所であるべき学校

濱本 一(共栄大学教授/前埼玉県教育局市町村支援部長)

 

■児童が受けた心の傷は計り知れない

今回は、公立小学校の男性教諭による不祥事事例です。この教諭は、刃物を使って、特別支援学級の子供たちを静かにさせようとしました。この行為自体、「指導」でも「教育」でもなく、「脅し」であり、さらに言えば「脅迫」です。また、自らの行為を省みることなく、再び刃物を使って悪ふざけをしている点も看過できません。
教師とは本来、児童の“安全”を確保し、“安心感”を与えるべき存在です。子供もまた、教師がそうした存在でいてくれることを願っています。本事例の教諭は、そうした信頼関係をすべてないがしろにしており、児童が受けた心の傷は計り知れません。
本事例を新聞等で読んだ保護者や一般の方々から、厳しい批判を受けるのは当然のことでしょう。行政上の責任としては、他の不祥事事例と同じく「信用失墜行為の禁止(地方公務員法第33 条)」に抵触し、停職6カ月の懲戒処分は当然のことと言えます。状況次第では、刑事上、民事上の責任が問われる可能性もあることでしょう。
特別支援学級は、子供一人一人の教育のニーズに即し、その能力を最大限に伸ばすことが求められています。そうした場で行われた行為に対し、腹立たしい思いがする関係者は少なくないでしょう。

 

■児童生徒は常に“受け身”で“弱い立場”

指導する教師と教育を受ける児童生徒。その関係性において、児童生徒は常に“受け身”で“弱い立場”にあるといっても過言ではありません。特別支援学級の児童生徒は、自分の意見や考えをうまく表現することができないことも多く、それゆえに教員の脅しや脅迫によって受ける動揺や恐怖感は、人一倍大きなものがあります。本事例の児童が不登校になっていないかどうか、とても心配です。
本来、教師は子供たちの“範”となるべき存在であり、“教え導く”立場にあります。児童一人一人のよさや可能性を把握し、最大限に伸長させるために、個に応じた指導やきめ細かな指導に努める。そうした教育があってこそ、子供たちは教師を信頼し、安心して学校生活を送り、自己に対する肯定感や有用感を高め、心身を最大限に成長させていくことができます。
それと比べて本事例の男性教諭の行為には、子供の個性や能力を把握したり、個に応じた適切な指導を心がけたりといった、教師に求められる使命感、自覚が微塵も感じられません。おそらく、それ以前も独りよがりで自分勝手、かつ威圧的な指導を繰り返していたことでしょう。教師に必要な資質としてよく挙げられる「高い専門性」も「豊かな人間性」も欠如していると言わざるを得ません。
「指導」とは子供たちをより良く変容させることであり、教員を目指す人たちには肝に銘じてほしいと思います。そして、自身の指導力を高めるために、日々学び続ける教師こそが、児童生徒はもちろん、保護者や同僚からも信頼を得られるのです。

 

■代償は甚大

通常ならば、この教諭は停職6カ月が過ぎれば、勤務していた学校に戻ることとなります。しかし、果たして子供や保護者が、彼の復帰を受け入れるでしょうか。これまでの例を見ると、保護者や子供が拒否するケースが大半です。児童が受けた恐怖心、保護者が抱いた不信感からすれば、当然のことでしょう。復帰させた際には、学校はさらに混乱を来すに違いありません。
結果としてこの教諭は復帰することなく辞職をしましたが、学校がその信頼を回復するには相当な時間がかかることでしょう。身勝手で傲慢な行動の代償は、あまりにも甚大です。何よりも影響を受けるのは児童生徒であり、教師たる者はそのことを忘れてはいけません。

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