ICTが創る新しい学び

児童の主体的な学びをICTが引き出す “ちょいタブ”から始まった「奇跡の3週間」

P132

東京都武蔵村山市立小中一貫校大南学園第七小学校

長年にわたりチョークと黒板、紙の教科書で授業をしてきた教員の中には、ICTの活用に抵抗感を示す人も少なくありません。その壁を突破し、ICT活用の普及を図っていくためには、どうすればよいのでしょうか。小さな一歩から、全校を挙げてタブレット端末の活用に取り組むようになった東京都武蔵村山市立小中一貫校大南学園第七小学校(小野江隆校長)の取り組みを通じ、教育のICT利用について考えます。(文・編集部)

 

実験の様子をタブレット端末で拡大表示

「あ、くっついた!」
「うそだ!どうして?」
紙幣が磁石に吸い寄せられる様子が大型モニターに映し出されると、子供たちから一斉に声が挙がりました。3年2組の理科の授業。単元「じしゃくにつけよう」の狙いは、身の回りの物から“磁石が使われている物”を探し、磁石の性質を知ることです。

紙でできたお札が、磁石にくっつくはずがない――そう思っていた子供たちは、モニター上の現象に驚きを隠せない様子。モニター上の映像は、先生が教卓でしている実験を、タブレット端末のカメラを通して拡大表示したものです。

「みんな、お札が磁石に吸い寄せられたのは、どうしてだと思う?」
先生がそう問い掛けると、何人かの子供の手が挙がりました。
「お札に磁石が入っているから?」
「お札に砂鉄が混じっているからだ!」
「そうか!だから、黒い(印刷された)部分がつきやすいんだ!
見事 “正解”が出たところで、先生は1枚のプリントを子供たちに配り始めました。プリントには家の絵が描かれ、各部屋にはさまざまな設備や物が置かれています。

「この絵の中で、磁石が使われていそうなものに丸をつけてください。制限時間は5分間です。」
先生がそう言うと、今しがた不可思議な現象を見たばかりの子供たちは、「ひょっとしたら、これもつくんじゃない?」といった感じで、プリントに丸を付けていきます。教室前のモニターには「残り○分○秒」の表示。子供たちは、時折それを見ながら、真剣な眼差しで課題と向き合っています。こうした様子を見ても、ICTの活用が子供たちの学習意欲向上に寄与している様子が伺えます。

P133_1室前方に映し出される制限時間。子供たちは時折目をやりながら、黙々と課題に取り組みます。

 

タブレット端末の活用で、児童の学習意欲を高める

2月15日、同校ではICTを活用した実践の成果を発表する「教育ICTセミナー」が開催されました。冒頭の理科実験は、その中で公開された授業の一つ。他にも1〜6年の各学年で、計7クラスの授業が公開されました。

平成26年度から、授業でのタブレット端末活用に取り組んでいる同校は、その活用形態を「TB–1」「TB–2」「TB–3」の3タイプに分類しています。「TB–1」は教師用のタブレット端末を1台だけ使用する授業、「TB–2」はグループに1台単位で端末を使用する授業、「TB–3」は児童が1人1台ずつ端末を使用する授業を表しています。前述した3年2組の理科実験は、教師用端末1台だけを使用する「TB–1」に該当します。

この日、公開されたどの授業を見ても、タブレット端末が児童の学習意欲を高めるツールとして、効果的に使われていることが分かります。例えば、5年生の体育(「TB–2」)では、グループ単位で調べた学校のヒヤリ(危険)ポイントを発表する活動が行われましたが、どの児童もタブレット端末で撮影した画像や映像を得意げに見せながら、プレゼンテーションを行っていました。また、6年生の道徳(「TB–3」)では、タブレット端末に入力した全員の意見が教室前方のスクリーンに分割表示されるため、児童はより真剣に課題と向き合っていました。その他の1年生の音楽、2年生の国語、4年生の社会、5年生の家庭なども同様で、どのクラスでも児童が意欲的に課題に取り組み、ごく自然にICT機器を使いこなしている姿が見られました。

学校教育におけるICT活用は、機器の使用が“目的”と化し、成果が十分に得られていない学校も少なくありません。しかし、同校では「学習活動の充実」という本来の目標を見失うことなく、ICTをその達成手段として活用できている様子が伺えます。

公開研究会での授業内容
1年生・音楽「ききあってあわせて」「どれみのうた」(TB–1)
P133_2モニターに映し出された映像を見ながら、男女が交互に歌う「交互唱」を実施。また、モニターの手本を参考にしながら、鍵盤ハーモニカ演奏の指の動きを確認しました。
5年生・体育「けがの防止」(TB–2)
P133_3前の時間までに調べた学校のヒヤリ(危険)ポイントをグループ単位でまとめ、画像や動画を活用してプレゼンテーションしました。
6年生・道徳「かけがえのない命」(TB–3)
P133_4飼えなくなったペットを「保健所に連れていくべきかどうか」について児童一人一人が考え、タブレット端末で投票・発表し、クラス全体で共有しました。

 

きっかけは、わずか3週間の試み

公開授業を見る限り、ICT活用の“先進校”との印象を与える同校ですが、タブレット端末を本格的に活用し始めたのは、わずか1年半ほど前のことです。それ以前、学校にあった設備は2台の電子黒板とパソコン教室のみ。ICTを積極的に使って授業する教員は、さほど多くなかったといいます。

「以前も、教員が私物のiPadを使って体育の実技を撮影し、それを児童に見せるといった授業はしていました。しかし、セキュリティ上の問題等もあり、徐々に私物のICT機器を学校で活用するのが難しくなっていきました。」
同校で研究推進委員長を務める高山夏樹教諭は、当時をそう振り返ります。しかし、ICT をどうにかして授業に生かしたいとの思いがあったことから、NTT東日本の協力を得て、タブレット端末と授業支援ソフトを貸与していただくことにしました。2015年10月のことです。期間はわずか3週間。学校稼動日でいうと、わずか15日間という極めて短期間の試みでした。

実践スタート後、最初に活用した授業は、6年生の体育。タブレット端末の動画撮影機能を使い、個々の児童が走り高跳びのフォームを確認するというものでした。続いて活用したのは, 5年生の体育。同じくマット運動の実技を動画撮影し、グループ単位で確認し合うというものでした。同校の実践記録を見ると、最初の1週間で使われたのは、高学年の体育のみ。多くの教員が、まだ様子を見ていたことが分かります。

P134体育の授業でのタブレット端末活用場面。実技の様子を録画・再生して、改善点などを探ります。

 

そうした状況に変化が出始めたのは、導入から1週間が過ぎた頃です。高学年の社会、理科で活用されると、続いて国語、総合、家庭科…、さらには高学年から中学年、低学年へと、気がつけばほとんどの学年・教科でタブレット端末が使われるようになっていきました。また、最初は動画撮影など比較的シンプルだった活用のし方も、授業支援ソフトを活用するなど次第に高度なものへと移行し、気が付けば多くの教員が、積極的にICTを活用した授業にチャレンジするようになっていったのです。タブレット1台で、授業が今まで以上に楽しくなる── そんな実感を多くの教員が得たこの取り組みを、同校では「奇跡の3週間」と呼んでいます。

「ICT化がもたらす発想の広がりや自由さは、私たち教師の教材観、指導観の壁を取り払ったとも言えます。タブレット端末によって、教師の学ぶ楽しさ、教える楽しさが増してきています。それは、児童が今までとは違う表情で授業に向かう姿を思い描けているからだと思います」と、小野江校長は言います。

P135_1タブレットに自分の意見を入力する児童。意見は全員に共有されるため、普段は発言しない児童にも、表現の場が与えられます。

 

授業力の高いベテランほど積極的に活用

「奇跡の3週間」の後、同校は20台のタブレット端末を継続利用できることとなり、授業でのICT活用はさらに加速していきます。2015年度には、東京都の「出前ICT環境整備事業」の指定を受け、学校全体でICT活用の校内研究に取り組むことになりました。研究主題は「児童がすすんで授業に参画するための、タブレットを活用した授業の工夫」。主たる狙いは、児童の学習意欲を高めることです。

実践を進めるにあたり、同校が強く意識したのが、“ICTありき”で考えないことです。あくまで、授業を工夫・改善し、児童の学習意欲を高めることに主眼を置き、その上で「ICTが有効」だと判断した場合のみ、活用をするというものです。

「ICT教育セミナー」では、公開授業の後、有識者や同校の教員によるシンポジウムが開催されました。シンポジウムで、実践研究をサポートしてきたNTT東日本の鈴木淳一朗氏は、このように語りました。
「同校の実践をデータとして検証したところ、1コマあたりのICT 活用時間は、平均すると約13分です。これを長いと見るか短いと見るかは人それぞれですが、授業の基本となるのは黒板とチョーク。その中で、ICTが効果的だと判断したら使えばいいし、そうでなければ無理に使う必要はありません。この13分という数字は、先生方がそうした判断を冷静にした結果だと思います。」

もう一つの興味深いデータが、教員の年齢別の活用率です。ICTについては、一般的に若い教員ほど活用に意欲的で、ベテランほど消極的と言われます。しかし、同校の場合はまったく逆で、ベテランの教員ほどICTの活用時間が長いという検証結果が出ています。これは、授業設計力の高いベテランの教員ほど、 ICTの効果的な活用場面を思い描けているからだという見方ができます。

必要な時、必要な分だけ、タブレット端末を活用する。同校では、それを“ちょいタブ”と呼んでいます。そうした敷居の低さも、多くの教員がICTを使うようになった要因かもしれません。
「盛り上がらなかった保健の授業が、楽しく友達と学び合えるようになった」
「視覚的に教材・資料が提示できことが、児童の意欲につながった」
教員からこうした声が寄せられていることからも、ICT 活用のメリットが教員間で共有されている様子が伺えます。

シンポジウムで、実践研究の年間講師として同校をサポートしてきた東京学芸大学の川﨑誠司教授は、同校に寄せる期待を次のように語りました。
「大切なのは、紙を無理にICTに置き換えないこと。学習の場面から紙が消えることはありません。今後は学習論的な“すみ分け”が重要で、現場の先生方はどの場面でどのようなアプリケーションがあると便利か、声を挙げてほしいと思います。」

“ちょいタブ”から始まった同校の実践は現在、放課後学習でのドリル学習、翻訳サイトを使った国際交流など、多彩な実践へと発展を遂げています。研究は今後も継続していく予定で、その成果が教育のICT利用の促進にどのように寄与していくか、大いに期待されます。

P135_2「教育ICTセミナー」のシンポジウムの様子。

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