教職感動エピソード

Vol.12 子供たちのことを真剣に考え,子供たちと共に行動できる若さを大切に

原 邦宏(元公立小学校長)

感動エピソード

 

私は退職後、初任者指導教員として小学校2校に勤務し、現在は3人の初任者を担当しています。3人は当初、教師として1日を過ごす中で、ありのままの子供たちに向き合うことの厳しさに直面し、指導の度に涙を流していました。着任とともに、一即戦力となることを期待される重圧も並大抵のものではなかったと思います。しかし、今は、日々悩みながらも、懸命に教育活動に取り組み、笑顔で子供たちの話ができるようになりました。

初任者のことを考えるたびに、私は自身の初任者時代を思い起こし、比較してしまいます。私の初任は35 年前。初任者は1校に3名以上が当たり前という時代でした。そのため、年齢の近い者同士で相談し合ったり、愚痴を言い合ったりしてリフレッシュすることができました。

一方で今の初任者は、1校に2名配置されれば多い方です。したがって、私の初任者時代のようにリフレッシュができず、不安や悩みを一人で抱えてしまいがちな状況です。

初任者を取り巻く家庭や地域の状況も変わっています。私の初任者時代は「経験がないのだからしょうがない」と、保護者が失敗を責めることはありませんでした。むしろ、子供と一緒に体を動かす若さを積極的に評価してくれました。

現在は、そうした状況ではなくなってきています。そのため、教師全体が失敗を恐れ、教育活動を無難に行おうと考える傾向があるように思います。初任者も、思う存分若さを発揮し、伸び伸びと教育活動を行うのが難しい状況です。それでも、学校が、失敗を恐れずに教育活動に取り組もうとする溌剌とした若手教員が活躍できる場であってほしいと思います。

そうした願いを込めて、私自身のエピソードを語りたいと思います。以下で紹介するエピソードは、私が退職する時、教え子が思い出として手紙に書いてくれたものの一つで、6年生を担任した時の話です。

4、5、6年と持ち上がりで担任となり、最終のまとめの学年となる6年のスタート時は、子供たちも私も張り切っていました。1学期が始まってすぐ、転入生のAさんが入ってきました。転入前の学校の指導要録を見ると、成績が良く、性格や行動面でも申し分のない内容でした。実際に会うと、少し恥ずかしがり屋なところはあるものの、クラスに慣れたら力を発揮できる子だと感じました。その予想の通り、しばらくしてクラスに馴染んだ様子のA さんに、私はすっかり安心していました。

6月も終わりに近づいた頃、Aさんが学校に行くのを渋っているという連絡が保護者から入りました。思い返せば、常に100 点だった漢字の小テストが珍しく間違っていたり、身だしなみが少し乱れていたり…といった様子に気付きました。保護者から言われるまで、その変化に無頓着だった自分を恥じるばかりでした。その連絡を境に、Aさんは全く登校できなくなりました。

私は、何故A さんが登校できなくなってしまったのか、何が悪かったのかと自問自答しました。Aさんが登校できるようになった夢を見て、朝、がっかりするということを何度も繰り返しました。クラスの子供たちは、きっとそんな担任の気持ちを察したのでしょう。「何か自分たちにできることをしたい」という気持ちを私に伝え、学級会で話し合ってくれました。その結果、学校での1日の様子を記録して当番でAさんに持って行くこと、クラス全員で楽しめる会を企画してAさんにも案内を出すことなどが決まりました。

それから、子供たちの活躍が始まりました。学校の様子を伝える際も、学習内容ばかりではなく、クラスの1日の様子を文や絵で詳しく伝える工夫が出てきました。それを届けた後、子供たちはA さんと一緒に遊んだことや話した内容などを私に教えてくれました。

クラス全員で楽しめる会の内容は、飯盒炊飯とカレーづくりに決まり、近くの河原で土曜日に行いました。飯盒炊飯は5年生の宿泊学習で経験しており、楽しい思い出として子供たちの心に残っていたのだと思います。

結果として、全部で4回開催した飯盒炊飯の会に、Aさんが参加することはありませんでした。しかし、子供たちの気持ちは伝わったのだと思います。2学期の後半から、登校したいという気持ちが言葉としてAさんから出てくるようになり、遊びに行った子供たちからも、明るい情報が増えてきました。そして迎えた3学期、A さんは何事もなかったように、再び登校できるようになったのです。子供たちは、学校に戻ったA さんを自然に受け入れ、登校できなかった時のことを話す子は一人もいませんでした。

振り返ると、仲間として何ができるかを真剣に考え、実行した子供たち、A さんが登校を再開してからの実施を含め、通算5回に及ぶ飯盒炊飯に協力してくださった保護者、そして校外で火を扱うなど危険を伴う取り組みに理解を示し、支援していただいた校長先生など、さまざまな方々の理解と協力に助けられたからこそ、A さんは再び学校に通えるようになったのだと思います。その時の子供たちは今でも仲が良く、強い絆で結ばれています。

教え子からの手紙には、他にもいろいろなエピソードが書かれていました。理科の地層の学習で実際に地層を見るため、日曜日に電車で地層見学に行ったこと。その時、道を間違えて、しばらく迷ったこと。私が学生時代のインド旅行で山賊に遭遇したことやインドでは手で食事をする話をしたことから、給食のカレーを手で食べたこと。給食で残ったご飯をおにぎりにして食べたこと。そして、学級通信が毎日出されていたこと。若いからできたことや、今だったら問題になりそうなこと、あまり思い出したくないことなども書かれていました。しかし、子供たちの心に残ることは、そのようなことなのかもしれません。

まだ教育に関する知識や経験が乏しかった若かりし頃、夢中で子供たちと過ごした経験を記しました。いずれも若かったからできたことばかりです。これから教職を目指す皆さんは、あまり周りに気を遣い過ぎず、子供たちのことを真剣に考え、子供たちと共に行動できる、そんな若さを大切にしてください。私の教職生活を振り返ると、そのような期間はそれほど長くはありません。

教育データ対策 これ一冊でいっき解決! 3ステップ過去問分析の進め方 教員養成セミナーのご紹介 教セミLine@ 教員採用試験対策サイトへ

最新号のご紹介