教職感動エピソード

Vol.11 先生を辞めさせないでください

中谷 光男(千葉県公立小学校長)

感動エピソード

 

今から30 年前の4月3日。臨時講師から私の教員人生は始まりました。

学校の中のことは、右も左も分からない。ただ、やる気と勢いだけで5年生の担任としてスタートし、無我夢中で教育活動に取り組みました。そして2週間が経った日の午後、校長室に呼ばれ、退職辞令を渡されました。

一瞬、何をやらかしたのか、自分でも理解できないまま唖然としました。数秒後、にこりと笑った校長先生から、「おめでとう正式採用になったよ」と新たに正式採用を示す辞令をいただきました。ようやく本当の教員になれたと思うと嬉しい気持ちで一杯になり、翌日からは、「自分の学級の児童ともっと信頼関係を築いて、学校で一番のクラスにするぞ」とさらに若い血を騒がせました。

そして、5月の大型連休前の学級会でのことです。「学級の仲間づくりのためにイベントをしよう」と提案したものの、児童からの提案は、スポーツ大会やお楽しみ集会、ゲーム大会など、ありきたりなものばかり。しかも乗り気ではない雰囲気が学級全体から感じられました。

その学級は4年生修了後に学級編制を行い、4月から新たにスタートした集団でした。それぞれが何となく牽制し合っている状態で、本音をぶつけ合うことのない意見交換になるのも無理はありません。そこで、「それじゃあ、今度の休みの日、電車で動物園とか山登りに行くのはどうかな?」と私の方から提案しました。すると「えっ」という驚きの声と同時に43 名の子供の視線が私に集中しました。

それからは、実行に向けて日時や持ち物、兄弟は連れて来てよいのかダメなのかなど、話し合いは一気に盛り上がりました。黒板には書記の児童の丁寧な文字で「○月× 日みんなで○○動物園に行こう。一 持ち物、二 おやつ、三 小遣い、四 注意」などと書かれていきました。

その時、ふと中庭を見ると、窓越しに教頭先生の姿がありました。黒板に書かれていた項目をじっくり見ているようでしたが、私は、新採教師の授業の様子を見に来たのだろう、というくらいに受け止めていました。この後、大変なことになるとも知らずに…。

その日の昼休み、校内放送が流れました。

「中谷先生、至急、校長室までおいでください」と聞き慣れた教頭先生の声。

嫌な予感が頭をよぎります。窓越しに見えた、何となく困ったような表情の教頭先生の顔が浮かんできました。

「ひょっとしたらあの件で怒られるかも。」

教卓の周りにいた何人かの子供にそうつぶやいて校長室に向かいました。

校長室の扉をノックして入室すると、苦虫をかみつぶしたような教頭先生と一見穏やな表情をした校長先生の姿。もはや怒られるのは必至と覚悟を決めました。

そのとき受けた指導は、今思えば至極もっともなことと思います。校長となった今、私でも同じ指導をするでしょう。つまり、次のような指導です。

休みの日に児童を連れ出すのはいけないこと、どうしても必要な状況であれば校長の許可が必要であること、そして学級会で話し合う内容は、教育課程の中で行う行事や活動についてであるべきこと。さらに、児童からの意見を正しい目的の方向に導くのが教師の役目だとも指導されました。全てその通りです。

「子供たちとの距離を縮めたい、学級を一つにしたいという気持ちは理解できるが、方法が違う」とダメ押しの一言を受け、私はうなだれました。

その時です。扉をノックする音が聞こえ、複数の子供の影がガラス越しに映りました。

「失礼します。5年3組の○○です。校長先生にお話があって来ました。」

この緊迫した状況で、一体何をしに来たのかと私が困惑していると、校長先生がにこやかに対応してくださいました。

「何ですか? 皆さんそろって。」

学級委員2名を先頭に7、8名の子供が神妙な面持ちで立っていました。その後の彼らの声と表情は、今でも鮮明に記憶に残っています。

「先生は悪くありません。先生は初めてのことで分からなかっただけです。僕たちが調子に乗らなければよかったんです。先生を辞めさせないでください。お願いします。僕たちが謝りますから。すみませんでした。」

彼らは、校長先生の目を見ながらそう言ったのです。優しい瞳で微笑んだ校長先生は、こうおっしゃいました。

「心配しなくていいよ。これくらいで先生はクビにはなりません。こんなに先生を想う君たちを残して、中谷先生は辞めません。」

校長先生の言葉も嬉しかったですし、何より子供たちが私を慕ってくれていたことが実感でき、胸が熱くなりました。

わずか1カ月を共に過ごした子供たちが、新米教師の私を必死に守ろうとしている。方法こそ適切ではありませんでしたが、良いクラスにしたいという私の気持ちを子供たちはきちんと受け止めてくれていたのです。私は自分の不甲斐なさを嘆きました。

その時、私はこう決めたのです。「何があっても絶対この子たちを裏切らない。一流の教師になる」と。

縁あってこの学級を2年間受け持ち、卒業を迎えた時、私の教え子に対する想いを伝えるために、手紙を書いて配りました(上部参照)。

先日、この時の卒業生S さんに会う機会があり、当時のことを尋ねると、「とにかく楽しかった。よく怒られたけどいろんなことをやらせてもらった。学級の仲間がみんないいヤツで、学校に行くのが楽しかった」と話してくれました。

学校教育の柱はもちろん授業ですが、日々正面から子供に向かい合い、話をしたり、話を聞いたり、笑ったり泣いたりしながら、子供たちのために何ができるか考えること。心の底からその子を幸せにしたい、伸ばしたいと思うことが大切なのだと思います。

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