教職感動エピソード

Vol.7 可能性は無限! 子供たちの成長に関われる幸せ

前田 一男(元埼玉県公立小学校長)

感動

イラスト・佐藤百合子

「ハイ、先生!あげる」

秋の原っぱ、車座でお昼の弁当を食べていました。さーちゃん(仮名)がニコニコして伸ばしてきた指の先にはウインナーソーセージがつままれています。差し出しながら声を掛けたものですからよだれがついてしまっています。

「おっ、さーちゃん、ありがとう」

一瞬の躊躇を悟られないようにさっと口の中に運び、「うーん。さーちゃんからもらったウインナーおいしいよ。ありがとうね」と言いました。

時間にして10 秒にも満たないやりとりです。その10 秒間のやり取りを通して、子供たちと気持ちがつながったことを感じました。「やっていて良かった」と教員としての喜びを実感しました。それは、6年生を担任していた秋の出来事でした。

さーちゃんは特別支援学級在籍の児童で、いくつかの教科で私の学級に交流学習に来ていました。学級の子供たちも「さーちゃん、さーちゃん」と仲良くしていました。呼び方でも分かるように対等の関係というよりはかわいがる対象として見ている傾向があったように思います。

よだれのついたウインナーが差し出された時、周りの子供たちは「先生は食べるだろうか」と私の反応を注視していました。正直な気持ち、一瞬の躊躇はありましたが、2つの視線がそれを払しょくしてくれました。一つは、さーちゃんの「先生を喜ばせたい」という純粋な視線。もう一つは、学級の子供たちの「さーちゃんを悲しませないで」という視線でした。

私の担任する学級では、毎年のように交流教育を受け入れてきました。新任として着任した年から人権教育主任を命じられ、それに関する多くの研修を受けてきた影響もあったように思います。その研修の中で「体に障害のある人を不思議に思い、指を指した3歳の子の手を引っ張っただけで、差別感を植え付けてしまうこともあります。『あの人も一生懸命歩いているんだね。○○ちゃんと一緒だね』と共感させることが大切です」と教えてもらったことがありました。そうした知識が私の中に潜在意識としてあったことも、とっさの対応に結び付いたと思います。

さーちゃんのウインナーの件があってから、学級内がいっそう打ち解け、やさしい空気が流れるようになりました。あの選択は、私の選択というより、さーちゃんとさーちゃんを大切に思ってきた子供たちが取らせた選択だったのかもしれません。

その後、私は別の小学校勤務と、2市の教育委員会教頭職を経験して校長になりました。この間、一貫して人権教育をライフワークとしてきました。その関係もあり、宿題をやってこないなど「思い通りにならない」子供たちを叱ったり嘆いたりする先生の相談相手になる機会が数多くありました。そして、子供が指示に従わないときは、それができるだけの能力が備わっていないのではないか、家庭に事情を抱えていて、課題に向かうだけのエネルギーが湧いてこないのではないかなど、その子の背景に着目するよう助言してきました。

相談を受けた先生から、「Aさんと話してみました。お母さんが働いていて、下の子の面倒を見ているそうです。その話を聞いてから、かわいいと思えるようになりました。丁寧に勉強を見てやります」といった報告を受けたこともありました。

学校という組織は、多数の子供の指導を専門とする教員が所属する集団です。集団としての目標達成に力を発揮する一方、時としてステレオタイプの考え方に陥りやすい集団でもあります。
・宿題をやってこない→怠けている
・勉強ができない→努力が足りない
これらは、長年の経験則から生まれたステレオタイプ的見方のように思います。

校長になった時、私はこうしたステレオタイプからの脱却を図りました。着任した新設のバリアフリーの小学校には、学区外から足の不自由な子供も入学してきました。補装具を着けた、たっちゃん(仮名)です。

たっちゃんが5年生になった時のことです。この頃には、ぎこちなさが残るものの補装具を外して歩けるまでになっていました。5年生には、標高1995 mの入笠山登山をメインの活動とする、長野県への林間学校がありました。私の願いであり目標でもあったのは、「たっちゃんも含めて全員を山頂に立たせたい」ということでした。

私の願いを話すと、学年の教員はびっくりしていました。これまでの経験では、宿舎で別行動が当たり前だったからです。それでも、「そのようなこと、考えてもみませんでしたが、たっちゃんも喜ぶと思います」と、担任も乗り気になってくれました。介助要員探しは学校応援団コーディネーターにお願いし、大学生ボランティアを2人探してもらい、保護者の方の理解も得ました。

当日は登山日和、たっちゃんは頂上直下の峠まで車で送ってもらい合流、全員で頂上を目指しました。時間は倍近くかかりましたが励まし合いも倍、頂上に着いた時の歓声はその何倍にもなりました。満足と自信の笑顔です。サポート役として大活躍した大学生ボランティアは、教職を志望するようになりました。

「ハンディキャップがあっても、今ある機能の発揮とサポートで可能性が広がる」ことを全員がその目で確かめたのです。それは将来の生きる力につながります。教員にとっては、「無理だと決めつける前に、どうやったら可能になるかを考える」意識改革の機会になりました。

さーちゃんとたっちゃん、2人のエピソードを紹介しました。共通点は、障害のある児童の成長を促す選択は結果的に周りの子供たちの成長をも促すということです。このように、子供たちの成長に立ち会える教員という職業は、未来を支える喜びの多い職業です。

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