カリスマ教師の履歴書

File7 戸田 宜彦先生 (神奈川県立横浜翠嵐高等学校)

 チームとしての教育が
子供の学力と自主性を育てる

学力向上進学重点校の数学科教諭として、毎晩遅くまで授業研究や教材準備に追われる戸田先生。その熱意の原動力は、「生徒全員の可能性を伸ばしたい」という願いにあります。生徒の学習意欲を向上させるためのさまざまなアイデアと実践について、お話を伺いました。

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文・澤田 憲

プロだからこそ1人も見捨てない

授業開始から40 分。戸田宜彦先生が大きな紙袋から取り出したのは、ダンボールと毛糸でできた自作の教材でした。
「見てごらん。こうやって上面を180 度回転させると、鼓みたいな形になることが分かるかな?」
実践してみせると、生徒たちから「おおっ」と感嘆の声が上がります。戸田先生は、すかさず黒板に大きな文字で問題の解答を記していきます。
「つまり、z 軸を中心にこの直線ℓ をぐるっと一回転させると、『一葉双曲面』になるんだ。」
この日行われていたのは、数学の「立体の回転体」。1コマ95 分の長い授業にもかかわらず、集中力が途切れる生徒は一人もいません。黒板の前を所狭しと動きながら、ハイテンポで授業を進める戸田先生の熱気が、教室内に満ちています。
「これからは授業に参加しない生徒を1人もつくらないって、あの時に決意したんです。」
戸田先生は、神奈川県立横浜翠嵐高等学校に赴任してから10 年目を迎えますが、「あの時」と振り返る教育の原点は、28 年前に最初に赴任した学校での“逆境体験”にあると言います。
「授業中に寝ている生徒を起こそうとしても『うるせー』の一言。半数近い生徒が教科書もノートも持って来ない状態で、とても授業が成立しませんでした。」
全国的に校内暴力が吹き荒れていた時代。戸田先生の学校でも毎日さまざまな事件が起こり、そのたびに心が折れそうになったと振り返ります。
それでも教科書に載っている10 分の1でもいいから、分かったときの喜びを知ってもらいたい。そんな思いから、試行錯誤を繰り返す中で、戸田先生はある決意を固めたと言います。
「授業に参加しない生徒を1人でも黙認したら、自分の授業は崩壊する。だから、1人も見捨てない。そのためには何だってしようと思いました。」
ノートを持って来ないのであれば、自腹でノートを買って生徒に配る。少しでも生徒の理解の助けになるように、毎日遅くまで居残って自作の教材を準備する。こうした悪戦苦闘の日々が、教師としてのプロ意識を大きく成長させてくれたと語ります。
「つまらない話を聞くのは、誰だって苦痛なものです。逆に言えば、教師側に伝えたいという強い熱意があれば漫画を読んだり、音楽を聴いたりすることなく、生徒は必ずこちらに顔を向けてくれるはずと信じています。そのための努力を惜しまないのが、本当のプロなのだと思います。」

 

教育に必要なのはカリスマではなくチーム

初任校での奮闘の結果、5年間で少しずつ生徒の学習態度は向上していきました。しかし、それ以上に痛感したのは、教員側の連携の重要性だと言います。
「あの時、私が挫折しなかったのは、同期の先生方が一丸となって生徒指導に熱を注いでくれたおかげです。最近では医療でも『チーム医療』が推進されていますが、教育でも個々の優秀な先生がバラバラに力を発揮しているだけでは、より良い教育環境を構築することは難しいと感じています。」
その考えは、現在の教育方針にも生かされています。現在勤務する横浜翠嵐高等学校は、2007 年に神奈川県教育委員会より「学力向上進学重点校」に指定されましたが、当初は理数系が苦手な生徒が多く、進学実績を伸ばす上での大きな課題となっていました。
そこで同校では、数学科の先生方で「チーム数学」を発足。担当教員が頻繁に集まり、3カ月から半年先の学習計画を作って生徒に通知し、計画的に学習を進めていけるような体制を築きました。
「教材も、宿題も、生徒に教える内容も、すべて同じ。どの先生に習っても、同じ内容、同じ質のレベルの高い授業が受けられるようにしています。そのため、教員同士で極めて頻繁に打ち合わせと情報共有を行っています。」
取り組みは着実に効果を上げ、同校は県内有数の進学校に飛躍。2013 年には、18 校ある学力向上進学重点校の牽引役となる「アドバンス校」に指定されました。この成功について、戸田先生は「他の先生方の努力のおかげ」と言います。
「カリスマ的な教師が1人だけいてもダメなんです。今の成功は、教員一人一人の熱意が生徒全体に伝わり、より上を目指したいと思える雰囲気が醸成された結果だと考えています。」

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自主性に「任せる」のではなく「育てる」ことが大切

同校では、「予備校に行かずとも学校で全部やる」を合言葉に、進路指導にも力を入れています。ただ、このような体制を築くまでには、先生方の意識が変わる時間が必要だったと、戸田先生は語ります。
「一番強く感じたのは、『生徒の自主性に任せる』という体質です。聞こえはいいのですが、生徒が遅刻をしたり校則を破ったりしても、放任している状況は違うのではないかと思いました。」
そこで戸田先生は、授業研究を進めるとともに、生徒の生活指導にも積極的に関わっていきます。あいさつの徹底や服装の乱れを注意するなど、基本的で細かな部分から指導することで、学校の様子は大きく変化したそうです。
「自主性を育てることは大事ですが、すべてその言葉で片付けてしまえば、ほとんどの生徒は道に迷ってしまいます。それは同時に、生徒の可能性をつぶすことにもなるんです。種だけまいて、生えてきたものだけを摘み取る農法ではなく、日本式農法のように畑を耕し、肥料をまいて愛情を注げば、たくさんの種が大きな実をつけられます。どんな生徒にも、それだけの能力があるのです。その可能性を育ててあげることが、教師としての私の役目なのかなと思っています。」

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Profile
戸田 宜彦

1961 年6 月24 日生

1984年3月 ……大学卒業(工学部機械工学科)
1986年3月 ……大学院修了(精密機械工学)
1988年4月 …… 神奈川県内の県立高校に赴任(数学科教諭)
2006年4月 ……神奈川県立横浜翠嵐高等学校に異動(現職)

読者への応援メッセージ
日々大きく変化する社会の中で、その波に揉まれながら教育も格闘しています。変わらぬ情熱で教育にぶつかっていこうとする意欲ある方ならやりがいを感じていただけると思います。気苦労のたいへん多い職業ですが、その分、無限の喜びも感じられるでしょう。「教えることが好き」よりも「人と関わることが好き」  な方の方がよいと思います。

 

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