編集長コラム

「教育委員会に言うぞ!」が意味する「教育委員会」とは?

201512P138佐藤 明彦(時事通信出版局『教員養成セミナー』編集長)

身近だけど理解されない「教育委員会」

「教育委員会に言いつけるぞ! それでもいいのか?」

その昔、知人の校長先生が、ある保護者からこう「脅された」と話していました。

「学校とトラブルがあると、そんな脅し文句を投げかけてくる保護者が少なくありません。教育委員会は学校の上部組織ですから、校長が慌てるとでも思っているのでしょう。」

その校長先生いわく、「教育委員会に言うぞ!」は、「弁護士に言うぞ!」「マスコミに言うぞ!」と合わせて、保護者クレーム“三種の神器”と言うのだとか・・・。面白い例えではありますが、学校の苦労を考えると、笑える話ではありません。

前置きが長くなりましたが、この「教育委員会」という言葉、学校関係者に限らず、新聞やテレビなどで見聞きする機会は多いと思います。参考までに、時事通信のニュースサイト『iJAMP』で検索をかけてみると、「教育委員会」のヒット件数は1カ月間で43件(2015年9月28日時点)にも上りました。1日1件以上、「教育委員会」を含んだニュースが飛び交っている計算になります。

一方でこれだけポピュラーな言葉にもかかわらず、「どんな組織?」と聞かれて、正確に説明できる人は多くないように思います。今から数年前、大津のいじめ自殺事件を契機に「教育委員会不要論」が飛び交いましたが、その時に知人の一人がこう話していました。

「教育委員会をなくすって…。子供の就学手続きはどこですればいいの?」

一般の人たちには、「教育委員会=教育行政の窓口」というイメージが強いのでしょう。もちろん、窓口がなくなったら何かと困りますので、「教育委員会不要論」はそうしたことを言っているわけではありません。

 

「教育委員会」という言葉が持つ二面性

「教育委員会」という言葉は、一般の人たちに2つの意味で使われています。

一つは、5名程度の委員等で構成され、その自治体の教育施策について検討する行政委員会としての「教育委員会」。「不要論」が意味する教育委員会は、この組織ことを指します。委員は学識経験者や企業経営者、元校長、医師、保護者などから選ばれ、月に数回、会議がある時だけ役所にやって来て話し合いを行います。この行政委員会をなくし、他の多くの行政部局と同じく、首長が直接的に教育行政を管理しようというのが「教育委員会廃止論」なのです。

もう一つは、教育行政を担当する役所内の部局としての「教育委員会」。正式な呼称は「教育委員会事務局」です。これを「教育委員会」と略して呼ぶ人が多いことから、混乱が生じています。

「教育委員会事務局」は、「教育委員会」が決定したことを執行する行政組織です。「義務教育課」「生涯学習課」「教職員課」などが置かれ、自治体に採用された地方公務員によって、その運営がな
されています。

余談ですが、自治体の中には、教育委員会事務局の呼称を「教育庁」としている所もあります。これならば、「教育委員会」と混同する心配はなさそうですが、その一方で「教育長」と間違えられることが多く、悩ましいところです。

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教育委員会制度の複雑な生い立ち

前述したように「廃止論」が飛び交った教育委員会ですが、結果として廃止には至らず、存続されることとなりました。その代わりに、首長の権限を強める形で制度改正が行われ、2015年4月から施行されています。

それにしても「教育委員会」という合議制の行政委員会は、何のために存在しているのでしょうか。他の自治体部局と差別化されている理由とは、何なのでしょうか。

その謎をひも解くには、教育委員会制度の“生い立ち”を理解する必要があります。教育委員会制度が導入されたのは、戦後間もない1948(昭和23)年。その狙いは、教育の「中立性」を保つことにありました。戦前の日本があまりにも軍国主義的な教育を行っていたことの反省に立ち、「政治」と「教育」を切り離すために導入されたのが、「教育委員会」だったのです。

導入はGHQ 主導で進められたため、制度的な仕組みはアメリカを範としていました。教育委員は選挙によって選ばれ、複数の委員が討議しながら教育政策を決めていくことで、首長の思い通りにさせないようにしたわけです。そのため、当時の首長は、たとえ圧倒的支持を得て当選しても、教育政策にだけはほとんど口出しができない状況でした。

しかし、発足から間もない1956(昭和31)年に、さまざまな理由から、教育委員会制度は大幅に改正されるに至りました。教育委員を選挙で選ぶ仕組み(公選制)から、首長が直接選ぶ仕組み(任命制)になったのです。

教育委員会制度が「中立性」を目的として作られたのだとすれば、首長が自由に教育委員を選べるようにしてしまったら、意味がないように思います。実際、制度改正時はそうした批判が数多くありました。ただ、教育委員の任命は「1年に1人」が原則。そのため、当選したばかりの首長が、すぐに教育委員会を自分色に染めることはできません。その意味では「任命制」の教育委員会にも、首長の独善を抑止する機能は残されているとの見方もできます。今回の改正では、首長が教育行政に関与できる余地を大きくしましたが、教育委員を原則「1年に1人」しか任命できない仕組みは維持されました。「中立性」を保つ機能は、かろうじて維持されたといった感じでしょうか。

余談ですが、「任命制」の教育委員会制度に反旗を翻すように、選挙で教育委員を選ぶ仕組みを制度化したのが東京都中野区です。独自に制定した条例に基づき、1981年から1993年まで計4回にわたって、区民投票による教育委員選挙が行われました。しかし、回を重ねるごとに投票率が低下し、特定組織の委員が有利になる傾向が出てきたことから、1995年にこの制度は廃止されました。

昨今は、国政選挙においても投票率が低迷しています。そうした状況がある中で、教育委員の選挙をやっても民意の正しい反映につながらない可能性は大きいでしょう。民主主義の難しさを痛感させられます。

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