教職感動エピソード

Vol.6 不登校児の成長とともに35年

福島 裕(元埼玉県公立小学校長)

201511P123

イラスト・佐藤百合子

 

ある年の5月のゴールデンウィーク明け、それは突然起きました。勤務していた小学校は各学年5~6クラスの大規模校で、学年経営が組織的に行われている歴史ある学校でした。当時、駆け出しの私は3年生の担任となって1カ月。家庭訪問も無事終了し、教育活動が本格的にスタートする連休明けの朝、担任している女子児童のS さんが、母親とともに学校へ来たものの、教室に入るのが嫌だと言うのです。

少し様子を見るため、体調を整えてから学校へ来るように話をして、その日は帰宅してもらいました。しかし、その翌日も、またその翌日も、朝になると体調不良で学校には行けないとの連絡があり、学級の中でも心配する声が上がり始めました。

3日ほど過ぎた朝、S さんは母親の自転車の後部座席に乗って、学校へとやって来ました。校門近くへ迎えに行った私は、母親と話をしながら、「今日こそは教室へ」との思いを強くしていました。その様子をじっと見ていたS さんは、体調も良さそうだったので、私は母親の了解を得て自転車の後部座席から彼女を抱きかかえて降ろそうとしました。するとその瞬間、Sさんは身体を硬直させ、必死の形相で自転車にしがみつき、教室に行くことを拒んだのです。なす術もなく、その日はそのまま自宅に帰ってもらうことになりました。

その日を境に、S さんは学校に来なくなりました。しかし、母親とはこまめに連絡を取り合い、学校の様子を伝えたり、S さんの家庭での様子を把握したりすることはできていました。こうした関わりを続けながら、同学年の先生方、養護教諭、生徒指導部等と相談し、家庭訪問や電話連絡などを繰り返し行いましたが、S さんが登校することはありませんでした。児童相談所とも連絡を取り合い、S さんへの効果が期待できそうな「箱庭療法」に母親とともに私も付き添ったこともありましたが、夏休みが終わって2学期が始まっても、改善の兆しは見られません。

児童相談所の助言もあり、「じっくりと時間をかけて見て行きましょう」ということになりました。学級の子供たちも心配しているものの、有効な手立てが講じられないまま時間が過ぎていきます。そして、具体的な対応策として「転地療法」が検討されました。転校先が決まり、担任となる経験豊かな女性のK 先生と打ち合わせを行い、登校ができるようになることを期待しつつ、見守ることにしたのです。ところが、転校はしたものの登校は実現せず時は過ぎ、S さんはついにこの小学校で卒業を迎えることになりました。

中学校へ進学したS さんでしたが、通常の登校には至らず3年後に卒業したとの知らせが届きました。すでにS さんとの出会いから7年目。その後が気になっていた矢先、S さんの母親から「定時制高校に入学後、演劇部で仲間と一緒に活動している」との手紙が届いたのです。これを契機に、私は母親を通してSさんと連絡が取れるようになりました。同時に、これまで抱き続けてきた「私との出会いがS さんに何をもたらしたのか?」という、封印されかけていた問いが湧き上ってきました。

私はS さんが不登校に至ったこと、さまざまな取り組みも成果が出なかったことに、慙愧の念を抱いていました。そして、一連の状況から、私自身の教師としての原点とも言える教育信条が形づくられていました。それは「子供にはそれぞれの生い立ちがあり、さまざまな思いや悩みを抱えながら学校に来ている。子供たちが育ってきた背景や家族との関わりについて理解を深めなければ、教育活動は成り立たない」というものでした。

その後しばらくして、S さんから会いたいとの手紙が届きました。私は申し出を受け入れたものの、半信半疑で実現するとは思えませんでした。なぜなら、当時の私の勤務校はS さんが不登校となった小学校であり、心に大きなおもりを持っているのではないかと思ったからです。しかし、その心配は杞憂に終わりました。

13 年ぶりとなる再会の日、職員室に入ってきたSさんは、あの時、自転車の後ろに座り、私の差し出した手におびえるような表情を見せたS さんとは違っていました。しっかりと私の目を見ながら静かに語る姿を見て、人が成長するということは、こういうことなのかと思いました。以前、児童相談所の担当者が「Sさんのように繊細な心の持ち主は、今は学校には行けない状況でも、ダイナミックに成長します」と話していた言葉の意味を実感しました。

落ち着いた様子で、自分の気持ちを正直に話すSさんは、十分に味わうことのできなかった小学校生活に身を置いているようにも感じられました。S さんの心をどれほど充足させられたかは定かではありませんが、時を超えてこうして向き合い、話ができる日が訪れようとは夢にも思いませんでした。

「なぜ不登校になったの?」
「当時のことを今どう思っているの?」

聞きたいことは山ほどありましたが、私には彼女の話を真剣に聞くことしかできませんでした気が付けば、すべての神経を集中させ、一言も聞き漏らすまいとの思いで、彼女と向き合っていました。

そして、私が長年抱いてきた疑問に、答えが出ました。私との出会いがS さんに何をもたらしたのか。当時、彼女は担任が男性というだけで、受け入れられない精神状態だったことを話してくれたのです。男性である私が担任となってわずか20 日あまりの学校生活で、S さんを不登校にさせてしまったことに愕然としました。不登校に至る理由はさまざまですが、S さんの場合、私の存在自体が契機だったのです。

S さんとの面談を通じ、私は過去の事実から何かを学び、前を向いてより良く生きていくことの大切さを確かめることができました。再会の時は瞬く間に過ぎていきましたが、「S さんとの出会いは、私が教師として歩んでいく上での原点になっている」というメッセージだけは、しっかりと伝えたつもりです。

現在、S さんはすでに結婚し、子育てなどを通して温かい家庭を築いています。そうした報告が届くたび、私は心からエールを送っています。

最近の手紙で、小学生になったお子さんの担任が、かつての私によく似ているとのことを伝えてきました。S さんの生き方には、長い間悩んできたであろうさまざまな思いを、一気に昇華させるような力強さを感じます。そして、自らの過去と向き合いながら、子育てを通して自分自身を成長させているようにも見えます。

教師として子供たちと向き合い、さらに保護者と関わることを通じ、同時代を共に過ごしているという現実の中で、それぞれが一人の人間として、生きていく上で計り知れないエネルギーを蓄えていることを強く感じる今日この頃です。

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